知るかぎりの宝石の名を
05
 苦々しい夢や記憶とは裏腹に、の心はどこか浮き足立っていた。
 それを幼馴染に見つかれば嫌味の一つや二つ……むしろ関係のないことまでネチネチ言われそうなので表面上はできるだけ冷静に。



 防衛任務は十時から十五時まで、何事もなければそこで別部隊と交代しあとはフリー。膝丈のスカートを靡かせ足早に作戦室へ向かう。誰かとすれ違う度はっと振り向かれるのは何となく気分が良かったが、どうしようもなくむなしい気分にもなった。

 あの事件のあと、は暫くの間異性に触れられるだけで気分が悪くなり、下手すると失神してしまう、なんてこともあった。それは幼馴染に対しても残念ながらそうで、彼は昔からの癖でよくの頭を撫でていたのだが、事件のあとはその手を頭にやる直前で離していた。
 そんなこともあり、異性に熱のこもった視線を向けられようとも深い仲になるわけでもなかったのでむなしい気分になるのであった。

 にも拘らず普段から気合の入った格好をするのはなぜか。簡単だ。これがにとっての戦化粧だからである。
 どうせ私は臆病ですよ、と内心ひとりごちる。学校は仕方ないと言えど梓は化粧なしで外にでることが怖い。着飾って隠して偽って、それで漸く人前に顔を出せるのだった。



 作戦室へ入ろうとしたとき、後ろから突然「〜」と間延びした声で名を呼ばれた。ドアノブに手をかけたまま顔だけ声の方を向けばそこには最近よく――主に彼の課題のせいで――共に過ごす太刀川の姿が。

「どうかしたの?」

 へらりと笑いながら手を伸ばせばすぐに届く位置で立ち止まった太刀川。逃げようと思えば逃げられるけど、もしかしたらそれより先に彼の手が伸びてくるかもしれない。そんなことを考えてしまうのは今朝見た夢のせいだろうか。
 だが太刀川はそんなことをせず、片手はポケットに、もう片手は頭にとどちらもの方へ伸びてくる気配はない。そのことに安堵しながらドアノブから手を離せばそれを見計らったように太刀川が口を開いた。

今日って暇?」
「十五時まで防衛任務でそのあとは……たぶん暇、かな。何かあったの? 終わらない課題でもあった?」

 探るように太刀川の顔を覗き込めば、頭に当てていた手を胸のあたりでぶんぶん振り「おかげさまで一先ずは終わった」と返される。一先ず、という単語に不安を感じながらも彼の言葉を信じ、「じゃあなあに?」と尋ねると、ニカッと効果音が聞こえてきそうなぐらい楽しげに笑った。その笑顔に呆気にとられていれば、

「個人戦しようぜ!」

 と子供のように楽しげに言った。
 は一瞬呆気にとられたがすぐに立て直し、「いいけど……それぐらいメールでもよかったんじゃない?」と首を傾げた。太刀川はその言葉に「アドレス知らねえし」と答えたかと思えば、「ま、任務頑張れよ〜」とあっさりその場を立ち去った。
 なんなんだあの男は、と再び呆気にとられていれば中から「入るか入らないかどちらかにしろ」と隊長様の厳しい声が作戦室から飛んできた。ガチャリ音を立て扉を開けば既にチームメイトの鳩原も来ており、へらりと笑って「さんにしては珍しい」と一番最後に到着したへ声をかけた。確かにその通りだなと思い「そういうときもあるよ」と答えれば、ついと切れ長の瞳が梓を捉えた。その瞳はまるで何かあったのかと尋ねているようで。聞かれてもいないのに梓は「大丈夫」と答えていた。彼は肩を竦めると、
「ならお前が任務後デートにむかえるよう早々に始めるか」

 と組んでいたむかつくほどに長い脚をすっと伸ばし立ち上がった。

「……別にデートでもなんでもないわよ」

 そう答えながらもどこか心が浮き足立っているのが分かってしまい、顔をしかめてしまう。そんなをふっと鼻で笑うと、二宮は「気を引き締めろ」と告げ鳩原を告げ先に準備へ移ってしまう。

「言われなくとも……」

 わかっている、と続けたいのに二人が消えた途端頬が緩むのが分かってしまった。
 まずい、これじゃあ防衛任務の後に説教が始まりかねない。

 それだけは勘弁、とは気合を入れ直すべく両手でパンっと頬を叩いた。化粧が崩れていないかしら、と戦化粧とは別の理由からそれを気にしながら。
20151011 ... 知るかぎりの宝石の名を 《title:as far as I know / 黄道十二宮》
あとがき