知るかぎりの宝石の名を
04
目覚ましとしてかけていた携帯端末のアラームがうるさく鳴り響いた。04
女子高生の一人暮らしにしてはいささか広すぎるマンションの一室はその音で満たされ、だが隣室に響く恐れはなかった。
寝起きがそれほどよろしくないは音の根源を寝ぼけながらも冴えている直感で探り当て、人差し指で軽くタップし音を止める。それから数十秒、布団の中で蹲っていたかと思えばもぞもぞと起き出して短い髪をかきあげた。肌蹴たネグリジェから見える四肢は、細身ながらも大人の色香を放っており、この場に以外の者がいれば感嘆のため息を漏らしただろう。
だがこの場には一人。だらしなく欠伸をしながら部屋を移動したところで、誰一人彼女を叱る者はいない。その表情が大変険しく、口を開けば可憐な声で毒吐こうとも。誰も。
女子高に通うは、厳しい校則により普段はまったく化粧をせずに過ごしているが、ボーダーにそのような規則はなく、高校生らしい瑞々しい肌には薄らとファンデーションが、何もせずともばさばさと音がしそうなほど長く濃い睫毛はマスカラでより目元を強調させる。アーモンドの形をした目は見る者にきつさを与えるが、はそれを気にせずむしろより強調させる。―――顔で寄ってくる人間にろくなのはいないから。ふっくらとした口唇には真っ赤なルージュをのせれば、もとの表情を残しながらも少女とは言えない顔をみせた。眠るときはベッドのサイドテーブルに置き、学校の時は見つからぬよう金の鎖に通して服の中にしまっている、黒一色ながらも洒落たデザインのピアスを右耳に器用につける。慣れたもので、これをつけ始めたばかりのころは恐る恐るだった動作も今では鏡を見ずともできてしまう。それが、まるで時の長さを告げるようでひどく不快な気分に陥る。
ため息を吐きながら鏡の中の自分に、は魔法を唱えるように囁いた。
「夢なんて所詮夢でしかない。直接襲ってくるわけでもない。だから、怖がるな」
真っ赤なルージュのひかれた口唇に目が留まる。
―――赤く、朱く、紅い
本当に、大嫌い。せっかくきれいに塗ったというのに、はそれを拭い取ってしまいたい衝動に駆られた。だがそんなことをしたってむなしい気持ちになるだけだし、現実的なことを言えばもう自宅を出なければ防衛任務に遅れてしまう。そんなことになれば幼馴染であり自分の上司、隊長の男がチクチク嫌味を言ってくることが分かりきっていたため、は唇を歪め、溜息を吐く。さあ、頑張れピエロのお姫様
*
―――好奇心は猫を殺す
のためにあるようなものだと、幼馴染は皮肉気に嗤った。お前は馬鹿だと、病室の白いベッドに横たわるに、彼だけがそう言ってくれた。周りの大人たちはそんな彼をの病室から追い出そうとしたが、言われた本人がそれを許さなかった。
「私を飾り物でなく、人として扱ってくれてありがとう」
二人きりの病室で、はそう言って口角を小さく上げた。久方ぶりにつかった表情筋は強張り、笑みとも言えぬ表情でしかなかったが幼馴染の男はそれをきちんと理解してくれた。
中学二年生、十四歳のころ。
行ってはいけないという直感の囁きを無視し行動したは、全治数か月の傷を負い、また子供でいることを無理やり捨てさせられた。
忌まわしい記憶はの脳にこびりついて消えず、頑固な油汚れねと自嘲する。それに無理に忘れようと思ったことはない。
ただし、あの事件が、が自身を、サイドエフェクトと呼ばれる直感力を嫌うようになるきっかけであったのは間違いなかった。
自業自得ともいえるその行動。むしろ直感はを止めようともした。止まらなかったのはの好奇心が故。
なのにどうしてだろう。はあの事件から二年近くもの間、自身のサイドエフェクトを嫌った。
その気持ちが変わったのは、太刀川慶という日常生活は点で駄目駄目なのに、戦闘となれば誰もを寄せ付けぬ強さを持つ一人の男だった。
男狂わされ男に正される。下らないと一蹴してしまえればよかったのだろうが、にそんなことはできなかった。
だから憧れた。
だから、嫌いなものを嫌いじゃなくなった。
彼に近付きたいと、思ってしまった。
シアワセなオンナノコから見たら私の行動は実に滑稽だろう。
だけど私は、私のこの苦味と甘味が混合した世界が嫌いではない。