知るかぎりの宝石の名を
01
思えば幼いころから子供らしくない子供だったように思う。01
大人の世辞は見抜けたし、嘘や裏切りは残酷なくらいすぐに気付いた。
だがそれと同時に『わかっている』ということを告げてしまえばどうなるかということもわかっていたので、直接伝えたことはほとんどない。そのおかげか、私は一応、恵まれた子供時代を過ごした。
それが崩れたのは中学二年生、十四歳の夏のこと。
思い出したくもないあの記憶。だけど、抹消してしまおうと思ったことは一度もない、あの出来事。
私は、あの頃から何も知らない『ふり』をする子供ではいられなくなった。
*
副作用、超能力、サイドエフェクト。持たぬ者は羨ましがり、持つ者は疎ましがる。すべての人間がそうというわけではないが、一部の人間はそう考えてしまう、様々な言葉で言い表せる魔法のような力。《直感力》と名付けられたそれは、の周りから嘘や裏切りを消し、また子供らしさを奪った。
幼いころから彼女を見ているものとしては、周りがなぜ羨むのかが分からなかった。はあんなにも悩み、苦しんだというのにと。ただそれらはの自業自得である行動のせいもあったので、何も言わない。好奇心は猫を殺す、ということわざは彼女のためにあるのではないかというほど、というにんげんは好奇心に満ちていた。
中学二年生のあの事件以来、それが落ち着いて言っているのを見ると、彼女から危険が減り良かったと思う反面、活発さが失われているようでひどく残念に思った。
だがそんなのは杞憂でしかなくて。彼女の活発さはあるときを以て取り戻される。
《境界防衛機関》―――俗にボーダーと呼ばれる組織は、の勘の鋭さを《サイドエフェクト》と定義した。
今から四年ほどまえ、のちに《第一次大規模侵攻》と呼ばれるようになる近界民の攻撃により姉を奪われたは、戦う力と、姉の残した《力》を手に入れるべく、ボーダーに入隊した。そこにはの能力に近いものを持つ男や、多種多様な能力を持つもの、様々な性格をした人物が在籍しており、彼女によい刺激を与え、徐々に幼き頃の彼女を取り戻させてくれた。
俺は別にに対して恋心などという想いを抱いていたわけではないが、長年共に過ごしたことによる情はわいていたので、彼女らしさを取り戻すのが自分でなかったことに腹立たしさを覚えたりもしたが、それを彼女に告げることだけはしなかった。絶対に、からかいどころを見つけたとにんまり笑うだろうから。そちらの方が酷く腹立たしい。
は、戦いの中にサイドエフェクトを持ち込むことをあまり好まなかった。むしろ嫌悪感に近いものを抱いていたようにも見える。
近界民との戦いでは嫌々ながらもそれを利用し敵を薙ぎ倒していたが、訓練など命に係わりのない場面では極力使わないようにしていた。
また、は姉が残した力を手に入れることも目的として入隊していたにも関わらず、その力を使おうとはせず、イーグレットと呼ばれる狙撃銃を用いて戦いに挑んだ。なぜかと問うたことはない。一度聞こうとしたとき、彼女は自分の嫌っている力を最大限活用し逃れようとあがいたから。だからその時、代わりの問いを彼女にぶつけた。
「何故狙撃なんていうお前の一番嫌いなものを選んだ? お前のことだ、どこを狙えば命中するか、無意識にわかっているだろう」
困ったように眉を顰めると、短くなってしまった髪を手櫛で梳きながら、「嫌いだから」と端的に答えた。嘲笑うような視線を向けてやれば、どうやら俺の言いたいことを理解したようで、むっと下から睨みつけてくる。まったく怖くない、と言ってしまえば見た目に反して暴力的な彼女のことだ。殴る蹴るの暴挙にでるだろうから黙っておいてやる。
すると彼女は言うか言わぬか悩むそぶりを見せた後で、花が綻ぶような笑みを俺に向けた。周りの、俺たち二人の会話が聞こえない距離にいる者たちは皆一様にその笑みに顔を赤らめる。馬鹿馬鹿しい。
「無意識にサイドエフェクトを使うのは、鳥肌が立つぐらい大嫌い。けど、ゾクゾクして気分がいいの」
狂っているとしか思えないその回答。
俺からすればこの笑みはの『歪み』を象徴するものであり、吐き気を覚えるものだというのに、どうして周りは気付かぬのだろうか。
気付けば、俺は口を開いていた。
「お前、シューターをやるつもりはないか?」
突然の問いかけに彼女は狂った笑みを消し、仏頂面を浮かべる。あぁ、やはりこのほうがこの女によく似合う。女は笑っている方がいいだなんて言葉は、有象無象に対していうべきだ。
そして俺は彼女の返答に笑みを浮かべ、腕をひく。傷の残る肌には決して、触れずに。