普段はおっとりとしている彼女が、戦いとなると誰よりも戦場を駆け巡り人々を守る『盾』となっていることを、一番よく知っているつもりだった。だが、それでも、
「俺は、あんたに一緒に来てほしい。折角のチャンスなんだ!」
 二人きり。他の誰もいない自室で、カレルは目の前で微笑むだけのに訴える。
 『アーク計画』と呼ばれる支部長の企み。驚きはしたものの、自分たちを生かす道があるというのだから乗らない手はないと思った。だが彼女は違ったらしい。「私は死ぬまで防衛班よ」だなんて熱血馬鹿のようなことをいい、支部長から手渡されたであろうチケットを持たずに自分のもとへ来た。何故自ら死を選ぶんだ。思わずそう尋ねてしまった。一緒に来てほしいと、生きてほしいと、駄々をこねた。だがそれでもの決心が揺らぐことはなく、黙って首を横に振るばかりで。何を言っても無駄なのか、と痛々しく顔を歪める。
「確かに私だって死にたくないよ。タツミが残るからとかカレルが行くからとか、誰かの行動が原因で残ると言っているわけじゃあない。私は、誰かの犠牲の上で暮らしたくない。ただそれだけなんだ」
「随分ご立派なお言葉だな」と、気付けば告げていた。そんな言葉に彼女は怒った様子を見せず、淡々と言葉を返す。
「立派なんじゃなく、弱いだけなんだよ。弱いから、自分が生きているのは名も知らぬ誰かが犠牲になったからなんだということにきっと押しつぶされる。そう思うから、私は箱舟に乗る決意ができないんだよ」
 タイミングが良いのか悪いのか、が言葉を切ったところで彼女の端末が音を立てた。カレルに気を配ることなく彼女はそれを取り出し耳に当てると、「ええ、うん。了解」と短く言葉をもらし再び端末をしまう。
「任務入ったから、私行くね。……まあ、乗るつもりはないけど、見送りぐらいはするからさ。それで勘弁してよ」
、」
 声を荒らげ彼女の腕をつかむも、それをするりと抜けだし手を振って部屋を出る。
「……、んで、だよ!」
 部屋には、カレルの怒りだけが留まった。

 『特異点』を探すため、ほとんどの人員がそちらに割かれている中でもアラガミは居住区へ蹴撃を仕掛けてくる。残ることを決めた極東職員は少ないながらもそれらを懸命確実に撃破し、どうにか平和を保っていた。だがこんなことがいつまでも続くとはだれも思っていなかった。箱舟派が『特異点』を見つけ終末捕食が始まるのが先か、はたまたアラガミに食いつぶされるのが先か。どちらにせよ最悪な結末ね、とは溜息を吐く。それでも、彼女はカレルと共に箱舟に乗るという決断はできなかった。彼女の率いる第三部隊はカレル・シュンの二名が『特異点』探しに出ているためスナイパー使いのジーナとロングブレード使いの自分の二名となっていた。他の部隊も似たり寄ったりで、タツミ率いる第二部隊は残ることを決めた彼とまだ迷うカノンの二人が出撃。日数的にはまだ新人の域をでていないはずの新型使い率いる第一部隊はエイジスに潜入し指名手配となっている女性陣と箱舟派となってしまったコウタが抜けたために、父を父と認めぬソーマと隊長二人だけ。女性陣がエイジスに潜入したこと、支部長のお気に入りだったはずのリンドウの謎のMIA認定、加え箱舟派であるはずのコウタの休暇。その他諸々を含めて考えると。
(なぁんか噛んでそうなんだよねぇ……)
 ただそれを確認しようにも第一部隊とは入れ違いの日々が続くため会うことすらもままならない。どうしようもないか、と溜息を吐くとヒバリへ次の出撃の確認をする。彼女は申し訳なさそうにしつつも的確に任務を割り振り、指示を出す。それをはジーナへ告げ、神機保管庫へ逆戻り。整備の時間すら惜しいがそれを怠り命を落としては元も子もないということで任務から戻る度預けているがこれでは預ける意味がない。せめて交代で出られれば一番いいのだけど、と思うが近接型の自分は兎も角遠距離型のジーナはオラクル細胞の補充が間に合わなかったことを考えると一人での出撃は危険だ。昼夜関係なしに襲ってくるアラガミに、頼むから自分たちの眠る時間ぐらいは静かにしていてくれ、と言いたいほどだ。無理なことぐらいはわかっている。
「隊長、少し休んだらどう?」
 普段はって呼ぶくせに、と顔を顰めつつ、ジーナの方を向く。
「休んでいる暇がないことぐらいわかるでしょ。それに私が休むならジーナも一緒に、よ」
「私より貴女の方が疲れているように見えるけど。……カレルと喧嘩でもした?」
 あれは喧嘩ではない。確かにそれに近いといえば近い。がむしろあれは
「別れ話かな。一生の」
 肩を竦めればジーナが読めない表情で「それでよかったの?」と尋ねてくる。良かったの、か。「どうなんだろう」と首を傾げつつ神機保管庫の扉を開く。神機は指定位置にきちんと収納されているがどうやら簡易点検は終わっていたらしい。リッカの字で「本日の業務終了後メンテナンス」という張り紙がされていた。ジーナも同じらしい。「頭が下がるわね」と互いに顔を見合わせる。ケースに収納しそれを抱え、屋上のヘリポートへ歩を進める。
「貴女の性格上、一緒に残れとは言えないだろうけど、一緒に行くことはできたんじゃないの?」
「アラガミのいない世界でどうやって防衛班でいればいいのよ」
「カレルの嫁っていう職業があったんじゃない?」
 同い年ということからなのか、先輩後輩、隊長と部下という関係でありながらも二人は軽口を叩きあう。「嫁かあ……」と悩んだような声を出すだがその表情は読めない。相変わらず癖の強い人だ、と心の中でつぶやきつつ、それは第三部隊の特性かとジーナは思い直した。
「駄目なんだよ。小を殺して大を生かすってやり方。性に合わないんだよね。今まで守ってきた人たちに申し訳がないっていうかさ。彼らを守るため戦ってきたのにそんな彼らを見捨てることができないっていうか。……んん、違うな。彼らを守ってきた自分を否定するようなことをしたくない、だな」
 しゃべっているうちに考えがまとまったらしく、独り言のように呟きスタスタと歩く。自分の守った人々を見捨て新しい世界に行くなど、仕事を誇りに思っているであろうにはできないことなのだろう。結局見捨てるなら何故守った。守らせた。唇をかみしめ待機中のヘリへ乗り込み行き先を告げる。パイロットは短く了承を告げると離陸体制へ移った。
 窓から見える、綺麗とは言い難い世界。愛国主義とかではないがそれでも大切な人のいるこの大地。
「どう転ぶかはわからないけど、守り続けたいんだ。防衛班として。でもカレルの傍にもいたい。……どちらかしか手にできないなんて嫌だなあ」
20150305 ... 月は醜いものでしょう 《title:as far as I know / 黄道十二宮》
 本当は続きを書きたかったのですが本当に書くか怪しいので短編へ。