「……月が綺麗だな」
 ソーマがこちらを向いてそう告げた。突然のその言葉に、私はとっさに言葉を返せなかった。
 他意はない。絶対他意はない。むしろシオのいる月は〜とか考えているに決まっているこの男は! 必死に乱れた心を落ち着かせ「そうね」と素っ気なく答える。
 過去の極東では“月が綺麗ですね”というのは“I love you.”と訳されていたらしいが、ソーマがそんなことを知っているはずがない。ただそれを知っている私としては非常に苦しい。
 どうしてこんなにも極東には月に関する話が多いのだ。かぐや姫といいI love you.といい。私の心臓に悪い。ミッション中だというのにどういうことだ。
 シオとかぐや姫のことを悶々と考えた後任務に出ようとすれば「俺もいく」と言いのけたこの男ソーマ。はっきり言って一緒に行きたくなかった。変に勘のいいこの男は、私の汚い部分に気付きそうで嫌だった。だからコウタかアリサかこの際多忙の第一部隊長でも良い、誰かもう一人一緒に来てくれ、と思ったのに皆が皆出払っていたためにソーマと二人きりの任務となってしまった。今ならば大泣きしても許される気がする。
 頼まれていたバカラリーのデータ消してやる、とコウタへの八つ当たりを心に止めながら、目標のグボロ・グボロにも八つ当たりの一撃を決める。動きを止めたグボロに「根性なし」と暴言を吐けば、ソーマの顔が引き攣っていた。引かれた?
「ソーマ、あのね、ソーマは意味分かっていないかもしれないけど、そういう言葉はよく意味を考えていうべきだと思うよ。ほら、勘違いする子とか出てくるだろうし!」
 ソーマが意味を分かっていないだろうということを前提に話を進めながら、旧近接型である神機でチャージ捕食を行えば、ばくばくとおいしそうな音を立てながらアラガミのコアを捕食した。食べたいとは微塵も思わないが。
 きっとソーマは“月が綺麗”というよりは、“『シオのいる』月が綺麗”と言いたいのだろう。考えれば考えるほどネガティブ思考に落ちていく。だんだんと涙が出てきそうだ。
 ぎゅっと唇の両端を引き上げ、必死に感情を押えながら「討伐対象って、グボロだけよね?」と確認すれば、ソーマは低い声で「あぁ……」と返事をした。
 ……あれ? なんか、元気ない?
 溜息を吐き、より一層フードを深く被るソーマは、どことなく元貴がなさそうだ。溜息を吐きたいのはこちらの方だ! と叫びたいのをぐっと我慢し、もしかして疲れたのか、と疑問をぶつける。
「……いや、なんでもない」
 そういう割には、こちらをじっと見つめ再び溜息を吐く。なんだというのだ。人の顔を見て溜息を吐くなんて失礼だと思わないのか。彼の父であるシックザール前支部長はそのような教育を行わなかったのだろうか?
 そういえば、前にぼそりと一度だけ、実験動物のような扱いを受けてきた、とソーマが言っていたような気がする。それを聞いた時は、前支部長の企みやソーマの過去を何も知らなかったため、どこにそんなことをする親がいるのだ、と思っていたものだったが、実際には、いた。だが、アーク計画が崩壊し、前支部長が亡くなり、榊博士もとい榊支部長が(何故か)話してくれた前支部長の思いを聞き、ソーマはちゃんと愛されていたということを知った。だから、実験動物のような扱いの中にも、前支部長なりの愛情があったのだと、思う。その様子を見てきたわけではないしましてや体験したわけでもないからこんなこと私が言ったらきっとソーマに軽蔑されて終わりだろうから決して言うつもりはない。
 でも。
 貴男はきちんと愛されて生まれてきた。
 その言葉だけは送りたい。
 まあ、その役目は私でなくきっとシオがやるべきだったのだろうけど。あれだけソーマの心を柔らかくほぐしたのだ。私が言うよりもシオが言った方がソーマも喜ぶだろうしすんなりと受け入れてくれる。
 シオ、どうして貴女は月へ行ってしまったの?

 無意識のうちに「シオぉ……」と呟き、悩み溜息を吐く私の隣で、ソーマが私の顔をじっと見つめながら、何度目になるか分からない溜息を吐いたことを、私は知る由もなかった。
20140626
20140706 ... 月のことだけ話しましょうよ 《title:as far as I know / 黄道十二宮》
 久々に一ヶ月かけて書きました。続くかも。どうだろ。分かんない