※最終章ネタバレ風の雰囲気醸し出しているかもしれません。
すう、すう、と自己主張の少ない小さな寝息が、しんと静まり返った医務室に響いていた。
ロマニはその音を聞きながらそっとため息を漏らそうとし―――すぐに口を押えてそれをぐっと飲み込んだ。
寝息の主ことの眠りの浅さは、それこそ誰かが近付いただけでも目を覚ましてしまうほどで、そのくせして寝起きは非常に悪いと来ているから困りものだ。
ロマニは彼女と知り合って彼是十年程の時が流れていた。そうなってくれば自然と知りたくないことまでも知ってくるわけで。彼女の眠りの浅さは、周囲に頼れるものがいないためだということを知ってしまっていた。そして、そんなが最近ではロマニの近くであればゆっくり眠れるということも、知ってしまっていた。そうなってくれば自分の性格上、一緒にいてあげようと気になってしまうものだから始末が悪い。
はどうやら医務室には寝るつもりで来たのではなく、ロマニ宛ての書類を届けに来て、彼を待っているうちに眠りについてしまっていたらしい。机に伏せた彼女の枕替わりとなった書類の内容がちらりと目に入り、察する。
(あれ……これすぐに起こして書類を何とかしないといけないんじゃないかな)
そんな考えが頭を過った。少ししか文字は見えないが、それでも重要書類だということが簡単にわかってしまい、ロマニは内心顔を引き攣らせる。
しかし書類仕事をするとなるとの下からそれを救出しなければならないし、救出したとなれば彼女の枕がなくなってしまうことにつながる。つまり、が目を覚ましてしまう。
いくらロマニの近くであれば落ち着いて眠れる、とは言っても、枕(書類)を動かせば目を覚ますだろうし、そうなれば非常に機嫌の悪いと対峙しなければなくなってしまう。眠るを見下ろすようにロマニは立ち尽くし、
(あっこれ詰んだ)
とタラリ冷や汗を流した。
さあどうするのが一番良い方法なのか。レオナルドに猛獣退治を手伝ってもらうべきなのだろうか。いや、きっと奴のことだ、笑いながらを起こし、そして後始末を全てロマニに押し付けるだろう。
(……よし、彼女が自分から目覚めるまで待とう)
それが一番良い考えだろう。ロマニはひとり自信たっぷりの笑顔を浮かべ、の寝顔を伺う。この調子ならば当分起きないだろうし、起こさなかったからと言って怒り出したりはしないだろう。たぶん。それよりも枕を奪う方がよっぽど恐ろしいことになるだろうな。
そう結論付けたロマニは自分が情けないことを理解していた。それでも、彼女を怒らせるよりはずっと良いことをロマニは理解していた。
―――願わくば、この平穏がずっと続きますように
ふとそんな思いが頭を過る。
その平穏というのが、が起き出さないことなのかはたまたもっと別のことなのか、それは彼自身にも分からない。
それでも、ロマニは、願う。