賢王ことキャスターのギルガメッシュが、ふと目を通していた書類から顔をあげた。その書類は先程私が手渡したばかりでまだ読み終わっていないだろうに、珍しいこともあるものだ。彼は基本的に仕事を途中で投げださない。あるとすれば初めから仕事をしないくらいだ。あの男とは全然違うんだな、と遠い記憶を遡りながら、私は賢王へ「何かありました?」と尋ねた。
 すると賢王は何を思ったか、唇の端をほんの少しばかり持ちあげ、「」と私の名を呼んだ。

「……あの、何か」
「来たぞ」

 私の言葉に被せるように言われた言葉の意味が分からない。首を傾げながら一体なにが来たというのか、と尋ねようとしたその時。ビービービー!と緊急通信を知らせるアラームが私の端末から鳴り響いた。賢王はこれのことを言っていたのだろうか。
 賢王にこのことについて尋ねてみようか、と一瞬悩んだが、彼はギルガメッシュだ。どんなに人として、王としてできた方であっても、彼がギルガメッシュであることに変わりはない。つまり絶対教えてくれないだろうな、という結論に至る。その間ほんの数秒のこと。そこで私は素早く通信を入れた。

「もしもしロマニ、何かあったの?」

 こんな通信をしてくるのはロマニ・アーキマンぐらいだろう、と思ってそう言葉を紡げば、案の定通信に出たのは己の上司である彼だった。
 普段は柔らかいその声に彼は焦りの色を乗せ、『、大変だ!』と引きつった声をあげた。思わず、君の声を聞けばそんなことすぐにわかるよ、と言いかけたが、それを口にしてしまえばこの空気を壊してしまうことになるだろう、とグッと堪えた。
 その間ロマニはずっと『大変だ大変だ』としか言っておらず、彼がここまで取り乱すなんて、珍しいなと引っかかる。年上ながら私と同い年か下手をすれば年下に見られるロマニとは彼是十年近くの付き合いになるが、こんな姿初めてだ。

「ロマニ、落ち着いて。落ち着けないならレオナルドとすぐにかわって」
『ふん、落ち着けないのも無理はなかろう』

 無理はないって、だからその原因は何だっていうのよ、と賢王に尋ねようとして―――動きが止まった。
 この、星々に語り掛けるような高慢な声の持ち主を私はある意味では一人しか知らない。正確にはクラス違いで二人知っているのだが、そんなことはあり得ない。あり得るはずがない。だって、まさかそんな。

 瞬きを繰り返し、賢王の顔を窺えば、唇が弧を描き、酷く愉快そうな表情をしていた。ただしその笑みはこちらを馬鹿にしているようには見えず、純粋に楽しんでいるように見える。
 一度、深く息を吸い込んだ。そして。

「ギルガメッシュ?」

 と、端末に向けて呼びかけた。声が震えていたかもしれないがそこは多めに見てほしい。しかし、通信相手が私の思い描いている人物であったとしたら、盛大に揶揄われるのだろう。それは嫌だなぁ、と思いつつ賢王を見れば、すでに彼はひとりで大爆笑をしていた。
 そして通信先からも同じ笑い声が響いているものだから、もう、もう、と潤った瞳を誤魔化すように目を瞑り、

「召喚されたならそういってよ英雄王!」

 と端末に向けて叫び声をあげてしまった。端末からは『はっはっは!!』という高らかな笑い声が響き、この場にも同じ声が響く。その笑い声に顔が赤らむのがはっきりわかった。暫くこの声が続くのだろうと思うと恥ずかしさやら嬉しさやら何とも言えない想いから穴を掘って入り込んでしまいたいが、残念なことにこのカルデアに穴を掘ることは難しい。兎に角ギルガメッシュたちが落ち着くのをまってから、英雄王のもとに行こう。そしてタイキックだ。英雄王にだけ。賢王に蹴りを食らわせるのは同じギルガメッシュであってもなんだか流石に忍びない。だから英雄王にだけ思い切り蹴りを食らわせて、そのあとで「会いたかったんだからね!」とツンデレ風に言ってやろう。―――喜ぶかなんて知らないよ。ただ私がやりたいだけなんだから。
20170102 ... まぶたの端から零れ落ちたきらめき 《title:リリギヨ
 書き始めがこれって……これって……
 それとすまない時間軸は考えないでくれロマニを出したかっただけなんだまじですまない……。