偶然でなきゃいけない話
、料理できるんだな」

 何とも失礼な発言が耳に届いた。
 ンン? と顔をあげれば本気で驚いているユーリの表情が目に入った。なにを突然言っているんだ―――と思ったところで気付いた。そういえば私、みんなの前で料理をしたことってなかったわね。焚き木の前で清潔な包丁を振るい、そうだったなぁなんて考えていれば、「おい手元、手元!」とユーリに怒鳴られてしまった。心配せずとも刃物の扱いには慣れているから大丈夫よ。ヘラリと笑い、包丁から手を離した。

「貴方みたいに上手ってわけじゃぁないけどねん」
「俺だって別にうまかねぇよ。ただ食べれるものを作ってるってだけで……」

 遠い目をし、私から目をそらした彼が考えたのは、幼馴染のフレンのことじゃなかろうか。
 あの子、飯マズ、……つーか激辛党だもんなぁと私も同じく遠くを見つめる。
 鍋に切り終えた食材から順に投げ入れていき、水を足して魔導器の火にかける。ユーリはその傍、地べたに直接座り、見上げるように私のほうを向いた。

「なんで突然料理し始めたんだよ」
「だって当番制でしょ。私だってそれには貢献するわよぅ」
「どの口がいうんだか」

 確かにこれまではのらりくらりとかわしてきた。かわせると思っていなかったから冗談のようなものだったのにね。とはいえ、今日のような状況で当番を逃げるというのは申し訳なかった。
 カロルのギルドが軌道に乗りはじめ、旅を続ける中で『凛々の明星』の名が知られ始めたことによりギルドへ魔物の討伐依頼が届いた。まぁその話を持ってきたのは私だったんだけどさ。丁度この周辺に部下が十分な数おらず、それなのに討伐には急を要する。―――そんなの、私がやるしかないじゃないのよ。だが私は旨い具合に『凛々の明星』と共に旅を続けている。あっ、これそっちへの依頼って形にすればいいんじゃない? 特に運用資金にも困っていない大手ギルドのボスとしては、やはりカロル少年のような子が頑張っている姿を見ていると応援したくなってしまう。これを人は母性と呼ぶのだろうけどとりあえず今は関係がない。置いておこう。
 ともあれそんな感じで私の陰謀がこそこそと働きながらも仕事が回ってきたカロルくんは、パーティメンバーを引きつれ喜んで討伐へ向かってくれた、の、だが。
 さすがはうちに回ってくるだけのことはある。変な感動を覚えながら引き金を引く。短距離でも中距離でも戦える私は、主にヒーラーのエステルを護衛する形で戦うことが多いのだが、その場合はたいてい実力未満の力で戦闘に蹴りがつく。もとよりエステルには前に出すぎるなといってあるし、彼女は彼女で術の詠唱に忙しく前に出ている余裕もない。だが今回はそういうわけにいかないほど、魔物の数が多かった。エステルやリタが視界に入る程度まで前にでて、短剣で切り付け銃で打ち抜く。投剣術を用いる私としてはただ切り付けるよりも投げて仕留めるほうが早いのだけど、そんなことをしていたらすぐに短剣のストックが切れていたことだろう。やっぱり長剣も持ち歩くべきなのだろうか。でもそれはなんだか違う気がする。素早さこそが私の武器で持ち味で、必要以上に武器を増やしてしまってはその良さを生かしきれなくなってしまう。それだけは避ける必要があった。

 まぁなにはともあれ、イレギュラーの多かった依頼は、怪我こそすれど動けなくなるほどの傷を負ったものはおらず、無事に達成することが出来たのだった。
 しかし残念なことに、私たちが依頼を受けたのは町の中に入ってのことではなく、旅をする最中―――結界の外だった。バウルから降り、食料調達を行って、それでバウルのもとに戻ろうとしたけど流石に町の近くで呼ぶのは不要な心配を与えるだろうと町から離れたところまで行って、そこで私の部下から連絡が届いた。その部下に依頼主の振りをさせたのはよかったが、ひょんな話の流れから我々に同行することが決まってしまい、バウルのもとへ戻れなかった。依頼が済んだのだから戻ればいいだろうと思われるかもしれないが、あたりに夜の帳が降りてしまった。この状態で依頼主を一人で町に帰すわけにはいかないし、だが送っていくには体力や気力的な意味で限界が来ていた。
 結果野宿が決定したのである。
 慣れているものが多かったし、依頼主の振りを指定いるものだって私の部下なのだから文句は言わせない。―――しかし、誰一人として、夕食を作る体力の残っているものは入なかった。かくいう私も正直なところくたくたで何もしたくなかった。でもこうなる原因を作ったのは私なのよねぇと考えてしまっては、もう駄目だった。「夕食は私が作るから、みんなはやすんでていいわよーぅ」という言葉に皆が一も二もなくうなずいた。

 ざかざかと食材を切り分け、簡単なものでいいやと考えながら作っていたのは、どこの家庭でも定番なカレー。単純だからこそわかりやすいんだけど、でもま、今日なら大丈夫でしょうとたかをくくっていた。

 考え込んでいるうちに肉や野菜がほろりと煮えてくれた。味付けはすでにしてあるのでもう少し煮込んだら完成だ。
 ユーリがくんくんと鼻を引くつかせる姿は何ともシュール、というか珍しく、思わず笑いがこぼれてしまった。ユーリはそんな私に気付くと、気恥ずかしそうに鍋から目をそらした。

「心配せずとももうすぐできるわよん」
「あぁそうかよ」

 ぶっきら棒な口調が照れ隠しであることをありありと分からせてくれた。ほほえましいじゃないの。くすくすと笑いながら、ゆっくり鍋の中身をかきまぜた。涼んでいたらどうかと提案したため、私とユーリ以外のみんなはこの場から離れたところにいるが、このにおいにつられて戻ってきてくれるだろう。ラピードもいることだし。我ながら今回のカレーは旨くできたと思うのよねぇ。早く食べてほしいなという思いに駆られていれば、ようやく照れが落ち着いたのかユーリがこちらを向いてにぃっと笑った。まるでいたずら小僧だわねと思っていたのも束の間。

「何はともあれありがとうな。色々と」

 まさか、こいつ―――

「一体どこまで知ってるのよぅ」
「さぁ、どこまでだろうな」
「―――言っておくけど、全部ただの偶然なんだからねん」

 半目になりつつ言えば、にまにまという笑いを隠そうともせず、私の顔を覗き込んできた。

「じゃ、偶然に感謝だ。が料理できるって知ることが出来たんだしな」

 みんな驚くぞと言いながらユーリはみんなが休憩している方へゆっくりと歩き出した。ひらひらと手を振る姿は何も言わないながらも呼びに行ってくるといっているようで。
 そこで気付いた。最終的に論点すり替わってるじゃない、これ。きっと私があれこれ世話を焼くことに何かしら思っているであろうことはわあるけど―――もう、いいや。

 離れていくユーリの背中に向って「もう……」と小さく言葉を漏らす。
 まったく、どこまでが偶然で誰にとっての偶然なんだか、これじゃあわかんないじゃないのよ。
 ただこうやって気付きながらも敢えてそれを明らかにしようとしないユーリのことはどうにも好ましいと思ってしまう自分がいた。
20160717 ... 偶然でなきゃいけない話 《title:as far as I know / 黄道十二宮》
 二日置いて続きを書いたら落ちがわけ分からなくなったけどいつものことなので許してください(開き直り)