ずきずきと頭が痛み、目が覚めた。脳が私の忘れていた記憶を呼び起こし、色んなことを訴えてくる。
 ただでさえ他人の過去を、記憶を、血英を修復することにより知ってしまうというのに、それらに加えて私自身が喪っていた何年分もの記憶が蘇れば、当たり前だが脳がキャパオーバーを起こしてしまう。
 いくら不死身の吸血鬼とは言っても、そんなことが繰り返し起こっていれば頭は痛くなるし体調も崩れる。何度目の生の記憶かはわからないが、蘇った記憶に顰めっ面を浮かべながら、記憶の整理をしようとベッドから起き上がった。

 なにも夢って形で思い出さなくてもいいじゃない。自室を出てふらふらとラウンジのソファへ体を沈める。あぁ飲み物でも持ってくればよかったなぁ、なんて思いながら、目を瞑りずきずきと未だ痛む頭を押さえていれば、
「眠れないのか?」
 と静かな声が頭上から降ってきた。驚きに目を見開き顔をあげれば、大きな手のひらで目元を覆われた。

「明日に響くぞ。深層に潜るといったのはどこの誰だ?」
「……はーい、私でーす」

 頭から手を離し、軽くあげながら極力平素に近い声をあげれば、ジャックは呆れたような深い溜め息を吐き、「ちょっと待っていろ」とその場から離れた。
 待っていろと言われても、私は今ここから動くきもなければ、そもそもからだが重くて動けないのよねぇ。額を押さえながらソファの背もたれにより深く体重をかけて待てば、静かな足音と共にジャックが戻ってきた
「飲め。そして寝ろ」

 差し出されたマグカップには、貴重な物資を使って作ったであろうホットミルクが入っていて。頭の痛みを忘れマグカップとジャックの顔を見比べていれば、「要らないなら俺が飲む」と言われてしまった。
 慌ててカップを受けとれば、あまり変わらない表情のまま、それでも私にはわかる程度に満足そうに頷いて、私の隣に腰かけた。

「いつからだ?」
「……なにが?」

 誤魔化されてくれないだろうなぁ、と思いながらも首をかしげれば、咎めるように名を呼ばれた。ふぅふぅとマグカップに息を吐きながら肩を竦め、一口だけ飲む。温かさに頭痛が少し和らいだような気がした。

「最近はあんまりなかったんだよ? だけど、今日は血英の修復を多くしたせいなのか、それに感化されて自分の記憶も多く蘇って」
「眠れないほどに体調を崩した、と」

 ちらりと横目でジャックを見れば、呆れと含んだ目でこちらを見ていた。
 そりゃちょっと無茶しすぎたなぁ、とか、会ったことのある吸血鬼の記憶は重いなぁとか、色々思うところはあるよ。だけど、私にしかできないことなら、私がやらなきゃどうにもならないじゃないか。言い訳染みたことを考えていれば、昔から私のこういう頑固さを知っているであろうジャックは、もう一度深く溜め息をこぼした。

「お前が暴走すれば、俺はまた、お前を殺さなければならなくなるだろう」
「…………そうだね」

 クイーンを吸血した私は、人であった頃から、吸血鬼になっても、ずっと隣に居てくれたこの男に、一度殺してもらった。
 だが継承者となった私はこうして蘇り、男の目の前にいる。それが普通ならどんなにあり得ないことかわかっているからこそ、もう一度この男に命を背負わせるわけにはいかないなと眉を寄せた。

「何かあったらいつでも言え。昔からピーチクパーチク煩かったお前が黙っているのは、気味が悪い」
「それはさすがに酷すぎない?」

 最初に自分の記憶が蘇ったときは、私はこの男のことを憎からず想っていて、その上で殺された、……殺させた、ということしかわからなかった。だが徐々に蘇る記憶で、私がこの男の人間時代からの恋人だったということを知った以上は、ジャックの言葉に嘘がないことを理解しつつも、文句がこぼれてしまう。
 口を尖らせたままミルクをさいごのひとくちまで飲み干し、カップをテーブルに置けば、ジャックは甲斐甲斐しくそのカップをバーカウンターの奥にある流しへ下げにいってくれた。離れていく背中をついと眺めながら、唇を噛み締める。



 絶対、何がなんでも、この男に二度と私の命を背負わせて堪るものか。



 私のいない間、ジャックがどう過ごしてきたのかを殆んど知らない。エヴァからは、彼が私の話をよくしていた、と教えてもらったが、彼がどんなおもいで私のことを語ったのかは、ジャック本人にしかわからない。
 けれど、私がもし、彼と同じ立場だったら。……私は、笑って彼の話をできるだろうか。たぶん無理だろうな。いっそ忘れてしまいたいと思うに決まってる。もしかしたらその結果が私の記憶の欠損に繋がっているのかもしれないな。

「ジャック」
「……どうした?」

 足早にこちらへ戻ってきたジャックに手を伸ばせば、彼はそれを受け入れて、ソファに座ったままの私に体を寄せてくれた。
 トクン、トクン、と聞こえてくる心音に心地よさを覚えながら、ぎゅっとジャックの首にしがみつけば、「もう寝ろ」とそっけない言葉が返ってくる。うん、と頷き彼の首を離して立ち上がった。もう頭痛はしないし、だいぶ頭のなかは落ち着いた。
 時々、クイーンの声が頭に響くが、それはもう慣れてしまった。順応性が高くて良いんだか悪いんだかと小さく笑みをこぼせば、突然ぐるりと視界が逆転した。

「ジャック?」
「寝てろ。部屋まで送っていく」
「うん。……うん、それはありがたいけど、肩のうえに俵担ぎするのはちょっと……」

 体をよじって抜け出そうとすれば、私のからだを押さえる力が強くなった。その表紙に見えた景色は逆さまで、さっきまで具合の悪かった人間にすることじゃないよ、と内心文句を言いながら、安定性を求めて彼の背中に顔を押し付ける。

「せめてお姫様だっことかさぁ」
「そんな柄か?」
「だってこれじゃ負傷者を運ぶやり方じゃん」

 一応きを使ってくれているのか、からだの揺れは少ない。そんな思い遣りがちょっと腹立たしいので、鼻先をジャックの背中にぶつけてやり、そっと溜め息をつく。
 このままじゃ、眠気が襲ってきても眠れやしないよ。昔以上に不器用で、それでも優しさだけは変わらない男に体を預けたまま、目を瞑った。
20191110 ... 逆さまのままじゃ眠れない 《title:OTOGIUNION