青道の体育祭は、一から三年が縦割りでチームを組み競い合うのが伝統だ。ということで俺たち2−Bは1−Bと3−Bと同じチームとなっており、その中にはもちろんチームメイトもいるというわけなのだが……

「おーしお前ら、この俺がいる以上は優勝以外ありえねェよな!!」
「ていうか、最後の体育祭に優勝できないなんて無様だし、頑張ってくれるよね」

 吠える先輩とにこやかに背後が真っ黒な先輩というなんとも恐ろしい組合せの発言に俺は倉持と二人肩を震わせた。隣では「そっかー、純さんと亮さんB組だものねぇ」なんて暢気に笑っているがどうしてそこまで気楽にいられるんだ……。ここから離れた場所で「兄貴……」と苦笑いを浮かべている小湊の気持ちにもなってみろ。正直複雑だろ……。その横の降谷は同様に暢気そうだけどな。俺もこのぐらい図太くいたかったよ。あの二人が中心核を担うってことは、手を抜いたりしたらそうとうやべぇってことなんだろ……。今年の体育祭は一体どうなるんだ……。極力穏やかに終わりたいと思う俺はきっと間違っていないはず。
 ―――そんなことを考えていることがにばれれば「団結式でそこまでローテンションはないでしょ」と笑われそうだがな。

「にしてもまさか純さんが応援団長になるとはねぇ」
「似合いすぎていっそ笑えねーよな」
「ほんとそれ」

 肩を揺らして笑いを零すはいつになく声のボリュームを押さえ、動作自体も大変少ない。周りは騒がしいんだからそんなに気を遣う必要なんてねぇだろ、と思ったのだが、そこで彼女が目立たないようにしているのだと気付いた。性格はどちらかと言えば派手、部内でもマネージャーにも関わらず多く発言し、それからマネージャーの中でも中心にいるような彼女だが、こうやっていらない人間の多いところに来るとそれまでのお前はなんだったんだとツッコミを入れたくなるほどおとなしい。きっとやっかっみを買わないようにしてんだろうな、こいつのことだから。目立つことを面白く思わない奴は多くいる。ただでさえ彼女はおとなしくしていようとしても人目を引く容貌をしているのだ。なんとも面倒なことだ。そんな周りのせいでちゃんらしいところを見られないなんて本当に残念だ。―――と、考えていたのだが、直後聞こえてきた言葉に俺の考えは覆される。

「まーうちにはちゃんがいるから、応援優勝は確実よね!」
「バンバン中心に使っていくわよ」
「……あれ、、ちゃんどこにいるのー?」

 聞こえてきた三年女子の声には不自然にならない程度にではあるがすぐさま顔を伏せた。そして何を言うかと思えば「私はここにいないから!」と小声で叫ぶ始末。何とも器用なことするなーと感心していたのも束の間。

「御幸があそこにいるっつーことはその隣がだな!」

 純さん、やめてください……それ絶対俺がに怒られるから……。確かには基本俺の隣にいることが多い。けど、だからって俺を目印にするのは間違っていると思うんですよ……。

「ヒャハハ! お前もう諦めろって!」ととは逆隣から聞こえてきた声には観念したようにノロノロと顔を上げ。

「先輩、私体育祭当日は病欠ということで……」
「却下よ!」

 間髪入れず帰ってきた言葉には天を仰ぎ、周りの女子とそれから一部の男子は突然拍手を始めた。倉持は相変わらず笑いを抑えようとしないしはぐったりしているし……え、これいったいどういう状況? ついていけていない俺としては誰かに説明をして欲しいんだけど。

「じゃー、チアのセンター頑張ってね。やるからには失敗なんて許さないから」

 とどめを刺すような亮さんの言葉に思い切り顔を顰めるというのも珍しい。実はこの二人意外と仲が良く「亮さんと私ってもしかしたら前世で双子だったのかもしれない」と真剣な表情で言っていたこともある程だ。ちなみにその時俺はなんと返してみようもなかったけどな!! 彼氏差し置いて前世の話をされる亮さんって……ッ

 けど先の亮さんの言葉で、ようやく何故が身を隠そうとしていたのかがわかった。
 ちゃん、周りにやっかまれるどころか「是非とも勝利の女神となってちょうだい!」と周りから期待されるぐらい馴染めてんじゃねェか……。
 倉持はきっとそのことを亮さんか増子先輩から聞いて知っていたのだろう。そういえばこいつら「どーすんだよ」「絶対断るし団結式は目立たないようにテンションあげるわ」とかわけわかんねぇ会話してたもんなァ。は天を仰いで「嫌ぁ……」と嘆き、倉持は顔を伏せ「ヒャハハ!!」と笑う、というなんとも両隣で対比的な行動を取る二人は絶対打ち合わせをしているに決まってる。でなきゃここまで彼氏置いてけぼりにするわけねェよな!! そう信じさせてください……。

 とまぁ俺が内心複雑な思いを抱えている間にあれよあれよと話は進み、は応援合戦女子の部で重要なセンターを担うことが決定していた。

 にしても去年もチアガールしてたしその時よりも目立つだけだろうに何をそんなに嫌がっているんだか。決定した後も往生際悪く「やだぁ……やりたくない……やだぁ……」と頭を抱え込んでしまったの後頭部をじっと見つめながら考える。
 そりゃたしかにチアのスカートってけっこうスカート短いし、あれを身に纏ったちゃん可愛いからできれば目立ってほしくないって想いもある。でもそれは男側、つーか彼氏側の想いであって、去年ノリノリであれを着てたからしたら平気なんじゃねーのか? いつまでも文句を垂れる彼女の後頭部にポンと手をのせると「なによう」と情けない声が聞こえてきたのでどうやらちゃんと周りは見えて―――はいないが周りに意識を向けることはできているらしい。じゃあ聞いてみるか、と簡単な気持ちで先程の疑問を口にしたところ―――は膝の上に肘を置き、そこで頬杖をつくという体制をとって、それから口を開いた。

「貴方、去年の私がチアのかっこうで何をして、結果どうなったか、忘れたの?」

 じとっとした目で見つめられて漸くがチアを嫌がる理由に思い当たり、これは確かに嫌がるなぁと納得したうえではっはっはと笑ってごまかすことにした。誤魔化しきれてねぇだろうけど。
 と俺は去年部活動対抗リレーに参加したんだけど、そこで色々とあり、忘れ去りたい過去となるような思い出を作っちまったってわけだ。確かにあれを覚えてる同学年・先輩がいる中でチアガールをやるってのは嫌かもしれないな。しかもセンターと来たものだから何も言えない。俺が、何かを言っていいわけがなかった。こりゃもしかしたらが冷静になってから思い出しギレされそうだなァ。ほんと理不尽。だけどそういう理不尽なキレ方をした後は決まってあたふた戸惑い、謝るか謝らないか悩んだうえで「でも私悪くないもん!」と言い張るのが常であるので、いやーそんなところが本当に可愛い。彼女の悪魔のような部分も俺は嫌いではないけれど、でもが悪魔を貫くような子なら俺は彼女に恋人になってほしいだなんて考えなかっただろう。
 そんな風に考えていたら誤魔化しでもなんでもない笑いが零れてしまって、「だからなによう」と今度は先程よりも覇気のある声が返ってきた。それに対して「なんでもねーよ」と返しておきながら、やっぱは悪魔みたいなとこはあっても悪魔なんかじゃねェなと再確認。

 がチアの格好をすることに関して俺はもう何ともコメントできないのだが、これだけは言える。

「俺の勝利の女神様には本番ではそんな嫌々でなく笑って俺を応援してほしーな」

 あっやべ、心の中に留めておくつもりだったのに声に出しちまった。これ周りに聞かれたら相当拙いだろ。けどどうやら周囲は他のことで盛り上がっていたようなので聞こえてはいない様子。
 そのことに安堵しながら、唯一聞こえたであろうちゃんへ視線を向けると―――

「恥ずかしすぎて死にそうだから私本当に体育祭病欠するわ」

 顔を真っ赤にしながらも微かな声でそう言ってのけるものだから、俺はそのあと彼女を説得するのに時間を要しました。―――そんなちゃんの表情が何ともかわいかったから苦には思わなかったけどな。
20160919 ... お前が悪魔でないのなら 《title:as far as I know / 黄道十二宮》
 (一応)体育祭シリーズの始まりです。