「お前がスマホに釘づけなんて珍しいな」
「か?」と茶化すような倉持の声に顔を上げないまま「どちらかと言えばかなぁ」と返せば、意味が分からないと言いたげに胡坐をかいていた足を蹴られた。理不尽すぎるだろうとノロノロ顔を上げれば顔を盛大に顰めている倉持の姿が目に飛び込んできた。
「人の部屋に居座ってんだからきっちり答えろよ」
「んな理不尽なこと言うなよ」
苦笑を漏らしていればその隙にスマホを奪われてしまった。お前そんなにと俺のこと気にしてたかぁ? 確かに5号室に居座っていることに対しては何もいえねェけどさ。
そんなことを考えていれば、倉持はスマホの画面をきっかり三秒見つめてから「はァ?」と声を上げた。
「これのどこがだよ」
「ちゃんに勧められたゲームだから、どちらかと言えば」
「あーそういう―――いやこれギャルゲーだろ、なんでが勧めるんだよ!!!!」
「鋭いツッコミあざーす」
はっはっはと軽快な笑い声を零せば再び足を蹴られる。まずい、この体制だと倉持の標的にしかならねえ。
「まぁ座れって、説明するから」
ぺしぺしと床を叩けば「誰の部屋だと思ってやがんだ」と言いながらもすぐさま座る。どんだけ気になってるって話だよな。そんな素直な倉持に笑いを堪えながら口を開いた。
「が意外とゲームするのは知ってるよな」
「あぁ。しかも意外と得意なのも知ってる」
この顔でゲームするのかよと二人揃ってツッコミを入れたのは今でも忘れられない。なぜならそのあと「顔は関係ないじゃん!!!!」と二人揃って腹にグーが飛んできたからだ。あれはそれまでとくらべものにならないほど痛かった……。どーしてあぁもは暴力的なんだ。
「で、今日の昼休み中ずっとあいつスマホ弄ってるから、まーた情報収集でもしてんのかと思って声かけたら全然違うくて……」
「このゲームをやっていたと」
「そーいうこと」
女がギャルゲーって……と倉持は嘆いているけど一番嘆きたいのは彼氏である俺だからな。が普通の女の子じゃないってのはわかっていたけど、まさかギャルゲーにまで手を伸ばしているとは思わなかった。
「しかもあいつ、ギャルゲーやってるとこ俺に見られても全く照れねぇんだよ……」
はよく俺の照れポイントがわからないというが、全く同じ言葉を返したい。
―――何してんの?
―――アプリゲーム。昨日の夜からやってんだけど、結構面白くってさぁ
―――へぇ、どういうやつなの
―――ギャルゲー
先程の俺同様スマホから顔を上げず、しかもなんでもない風に言いのけたを思わず二度見三度見してしまった俺はおかしくないと思う。つーかそう思いたい。
挙句の果てには「御幸もやる?」と来たものだから俺はもうどう答えていいのかわからなくなってしまい、「やってみる」と答えてしまっていたというわけだ。
「しかもさぁ、これ、やってから気付いたんだけどエロゲ寄りなんだよな……」
「って性別なんだっけ……」
「正真正銘女の子ですよ……それは嘘偽りねぇし俺がきっちり証明できる……」
頭を抱え込む倉持を見ながら、それは俺が一番したい行動だと叫びたい。
まさかちゃんがここまで変だとは知らなかった……。知りたくなかった……。
「はこれを教室で堂々とやってたのか」
「あぁ……真剣そのものだったからたぶん周りには気付かれていないと思う……」
「だろうな、こんなことになってただなんて全然知らねェよ」
「俺も知りたくなかった」
まさに好奇心は猫をも殺すという諺はこういう時のためにあるのだなと思ったほどだ。
しかし問題はがエロゲ寄りのギャルゲーをやっていたっことではなく、このゲームが彼女の言っていた通りに面白かったことにある。確かにこれが教室で真剣にやるだけあって止まらねぇんだよなぁ……。
攻略できるキャラクターは三人とありふれていながら、その三人のうちの誰かを選んでストーリーを進めるのではなく、選択肢からどのルートに入るか決まるというゲームシステムで、そのうえ誰のルートに入るかは最後までわからない仕様と来ている。なので現時点では俺が誰のルートを進んでいるのか全く分からない。しかもそのエンディングもキャラごとに何種類もあり、攻略サイトを見てもそこに全てが載っているわけではないらしい。
因みにこの主人公、三人の攻略キャラ全員と関係持っており、だからこそ誰ルートかがわからないともいえる。
攻略キャラがわからないってのは少しストレスだが、それを上回る面白さがゲームには詰まっており確かにこれはハマらざるを得ない。―――どうしてこのゲームをがすることになったのかについて考え始めると頭を抱えたくなるけどな!
説明を終えると倉持は自分のスマホでゲームを検索し、ダウンロードを始めてしまった。
あぁ、やっぱ話を聞くとやってみたくなるよなぁ。だって俺たち健全な男子高校生だし。
そして暫く二人で無言の時間を過ごし―――やがて倉持が口を開いた。
「あいつ本当になんでこんなゲームやってんだ……?」
「それについては俺がゲームしながらずっと考えてたからもう考えなくていいぞ」
「結論は?」
「出てねェよ……ッ」
絞り出すような声を上げれば「だろうなぁ……」との回答を頂いた。逆の立場であったら俺だってそう答えているだろう。
「つーか普通こういうゲームを彼氏に勧めねぇだろ」
「んなことは俺が一番わかってるから言うなって……」
だんだんと涙が出てきてしまいそううだ。しかしこんなことで泣いているわけにはいかない。まだ倉持に言っていないことがあるのだから。
「―――さっきちゃんからさぁ、何度やっても見たことのあるルートしか行かなくなったってメール来たんだけど、どう思う?」
重い口をどうにかこじ開ければ、倉持がじっと俺を凝視した。
やめろそんな目で見ないでくれ……!!! 俺だってそのメールがどういう意味なのかは分かっている、分かっているからそんな目で見ないでくれ……!!!
「全クリしてるだろそれ……」
俺の想いを無視するような言葉に、スマホを投げつけてしまいたくなった、けれどそんなことをしたって何の解決にもならない……そんなことは分かってる……
でもやっぱそう思うよな、そうだよなー! 攻略サイトにも載っていない全ルートをほぼ一日でクリアするなんてあいつは一体何者なんだ。ギャルゲー界の神なのか。自分の彼女が神だなんて全くメリットないだろ……特にデメリットもねェけどさぁ……。
そんなわけで本当にちゃんは謎で仕方ないというのに、それでも好きだという気持ちは変わらないのだから惚れた欲目ってのは怖いものです。―――倉持にそれを言ったら呆れられてしまいそうだからこの場では絶対言わないけどな。