※胸糞悪い話です。ご注意ください。





「あんた何様のつもりだよ」

 何様って言われましても。さまですけど?ってここで言ったとしてもこの人たちは満足しないだろうから黙って目の前に集まる女性陣を見つめる。

『昼休みに体育館裏に来てください』というまた告白かぁ、と飽き飽きするような手紙が靴箱に入っており、いい加減面倒だから今日は行かなくてもいいかな、とか思っていたのも束の間。その手紙の字が何とも男らしくなく、どちらかというまでもなく明らかに女が書いた字だったことで、意思が変わってしまった。御幸たちにはいったことはないが、どういうわけか知らないけど、本当に、本当にどういうわけか知らないけど、私は女の子から告白されることもある。大抵は「憧れてます! 頑張ってください!」とかなんだけど、時々こう、マジな子とかが来ることもあって、私はどうにもそういった類の女の子に弱い。もちろんお断りはしているんだけど、私が来るのをずっと待っているのかなとか考えてしまうともうだめだ。直接その子にあって、きちんと話合わなければならない、という謎の使命感が芽生えてしまう。―――つってもちょっと気になることはあるんだけどさ。

 そんなことを考えながらも私の中に行かないという選択肢は存在せず、いつものごとく御幸にはどこに行くとも告げず体育館裏まで来たわけだったのだが。そこで待つこと数分。現れたのは明らかに私に告白するための子ではなく、冒頭のようなセリフを吐くようなちょっとおっかない女の子たち。化粧ケバ過ぎ、こんなんで男釣れると思ってんのかしら? いや思ってるからこういう顔をしているのか。気の強さを隠そうともせず、また貧相な胸を盛った上でボタンを多目に外してセクシーさを必死にアピール。自分の持ってるもので勝負すりゃあいいのに、どんだけ自分に自信がないんだか。―――こんなことを考えてしまう自分の性格の悪さぐらいちゃんと理解してるわよ。
 内心そうやって嘲笑っていれば、「何無視してんだよ!」と思い切り頬を叩かれた。少し大げさに頬を揺らしてやれば、目の前の彼女は取り巻き達と共に醜い笑みを浮かべている始末。そんなに美人を叩くのは楽しいかしら。尋ねてみたい気もするけどこれ以上状況を悪化させるのもどうかと思うし、あとこの女たちに私の性格の悪さを知られるのも嫌だ。
 ―――とは思うんだけどね。でもやられっぱなしってのは、性に合わないのよねぇ。
 叩かれた拍子に口の中が切れたらしい。ペッと口の中の血を吐きだし女たちに視線を向けてやればなんだか少し驚いた様子を見せた。一体何かしら。けれど別に関係ないか。

「―――、―――、―――」

 一人一人と目を合わせて彼女たちの名を呼んでやると、三人は目を見開き、怯えだした。何よ私が名前を知っていたぐらいでそんなに怯えることないでしょう。っていうか、名前を知らないとでも思ったのかしら。やっぱ馬鹿だなぁ。

「確か御幸のファンの人たちですよね。そんなに彼の近くにいる私が気に入らないんですか?」
「―――ッな!」
「そ、そうよ! あんた誰の許可を取って御幸くんの周りをうろちょろしてんのよ!」
「目障りなんだよ! 御幸くんだってそう思って―――ッ」

 怯えながらも私に言いたいことは言うようでそのまま聞いていようと思ったんだけど、最後の御幸の意見を代弁するような一言はいただけない。
 痛む頬に顔を顰めそうになりながらも極力笑顔を浮かべ彼女たちを見るめる。

「まぁ、貴方たちは御幸の心が読めるのね。すごいわぁ。御幸が私を目障りに思っている、ねぇ。彼がそう思っているってわかるだなんて、本当に、すごいわぁ」

 私が名前を呼んだあと彼女たちは私から距離を開けていたのだけど、それを縮めるようにゆっくりと歩み寄ってやる。彼女たちはそんな私からじりじりと距離を開けようとしているが、そんなことはさせない。

「だったらそのままの勢いで、私は貴方が何を考えているのかよくわかっている。だからより私を傍において! とでもいえば良いんじゃなぁい?」

 私の頬を叩いた女の頬をつうっと撫でてやれば、ビクリと肩を震わせた。やぁね、貴方じゃないんだから引っ叩いたりなんてしないわよ。それ以上醜くなったらかわいそうだもの。

「っていうか、私を引っ叩いてる暇があるなら、御幸にアタックでも仕掛けたらどうなの? 私別に四六時中あの男にべったりってわけじゃないんだからさぁ」

 今の言葉は正真正銘本心からの言葉だ。だって、私をどうにか排除しただけで御幸の心を掴めるわけがないじゃない。そんなこともわからないのかしら。呆れたように笑えば、私の腕を思い切り払ってリーダー格の女が逃げ出してしまった。他の二人も彼女に続くように走り去ってしまい、私はそこにポツンと残されてしまった。

「あらぁ、逃げちゃった」

「あそこまでやりゃ誰だってにげるっつーの」

 聞こえてきた声に振り向けば、何か悍ましいものでも見ているような倉持の姿があった。あーよかった、ちゃんと来てくれていた。体育館裏へ行く途中、どうにもこの呼び出しが告白だと思えなかった私は、倉持にここまで来てほしいとメールを送っていた。それに対する返信は確認できなかったけど、倉持ならば絶対に来てくれると信じていた。信じた甲斐があったわぁ。

 ―――にしても失礼ね、そこまでやった覚えはないわよ。結構手加減したつもりよ、私。

「本気だったら殴り返してやってるわよお」
「俺キャットファイトなんて現実に見る羽目になるとは思わなかったぞ……」
「そこまでやってねぇっつってんだろうが。―――それよりビデオは?」

 遠くを見つめながらもきちんとビデオカメラを返してくれた。中を確認すれば先程までの映像がきちんとおさめられており、そのことに安堵する。よかったちゃんと残ってて。これは証拠として大切に保管させていただきます。ちょーっと言い過ぎたような気もするし、そのことであとから面倒な争いに発展するのは困る。先に手を出したのはあちら、ということがわからないのはねぇ。ちょっとねぇ。
「助かった助かった、ありがとうね」と礼を告げれば、遠くを見ていた倉持はそこで意識をこちらに戻し、表情を引き締めて口を開いた。

「……本当に御幸に言うつもりねぇのかよ」
「当たり前でしょう」

 口元に笑みを乗せるも再び頬に痛みが走り、少し歪な表情が出来てしまった気がする。
 けれどそんなことを気にせず言葉を唇にのせた。

「ちょっとぐらいかっこつけたいじゃない」

 歌うように言ってやれば、倉持はあり得ないようなものを見るような目でこちらに視線を向けていた。いいじゃない、別に。こんなことがあったのってさめざめと泣くような弱い女に成り下がりたくないのよ、私は。

「だから貴方も言わないでよね」

 倉持は何かを言いたげにはしていたけれど私がこういえば絶対に言わないでくれる。自分が友達思いの良い人を利用する悪い女だってのは良くわかっている。でも、こればっかりは絶対に一也に知られたくない。
 さてこの頬をどうやって誤魔化すべきかしらねぇ。せめて見えない部分にしてくれればいいのに、そんなことも思いつかないなんてやーっぱりあの女あったま悪いわ。溜息を零し呆れながらも私は頭の中でこの後あの女たちをどう調理してやるかを考えながらその場から立ち去った。





 ―――そしてここから先は私の知らない話。



「サンキュな、教えてくれて」
「ま、一応こんなんでも彼氏らしいからな。耳には入れといたほうがいいだろ」

 の消えた方向とは逆側からひょいと顔を出せば、倉持は疲れた気な表情を見せながらも俺の声にこたえてくれた。
 教室にの姿がないことからまた告白されにでも行ったのかと心の中を溜息でいっぱいにしながら、彼女が呼び出されていそうな場所をいくつかピックアップし向かおうとしたところで、突然倉持から「おい待て」と呼びとめられてしまった。なんだよ、一応を告るやつの顔を確認しておきてぇんだけど、とそちらを向けば、倉持はいつになく真剣な表情で俺を見ていた。

「話すなとは言われたが、見せるなとは言われてねぇからな」

 そう言って手渡されたのは倉持の携帯。画面には『女の子から呼び出されちゃった。なんか嫌な予感がするから、私の鞄に入ってるビデオカメラ持って体育館裏まできてくれないかな。お願い。あと御幸にはこのこと話さないでね♡』というメールがうつし出されていて。
 俺がそのメッセージを見ている間に倉持はの鞄を勝手に漁り件のカメラを持ってきていた。

「おら、いくぞ」

 短く告げるなり俺から携帯を奪い取り先導する。
 ―――お前ってほんと友達思いだよなぁ。苦笑を漏らしながらも、あのがこうやって誰かに協力を求めるということは、相当拙い状況なんだろうなと気を引き締める。誰かに頼ることをあいつしないからなー、と口に出せば確実にブーメランのように戻ってくるような言葉を心に留め、小走りの倉持の後に続いて足を速めた。

 にしても倉持が断るだなんて微塵も思っていなさそうなあのメールはさすがだよな。

 倉持とは別の場所に姿を隠しながら相手を待っているの姿を視界に捉えた。
 そしてそのあと起きたキャットファイトに倉持同様恐怖を覚えていれば、すぐに勝負は付きを囲っていた女たちは足早に逃げて行った。
 が倉持と話しているのを盗み聞きしながら、確かにあれはちゃん手加減してたなぁなどと内心一人ごちる。そして彼女の「かっこつけたいじゃない」という言葉に、なんとも言い難い気持ちがあふれてきた。

 心配をかけたくないから、などと言うのではなく、かっこつけたいから、と言いのける彼女は、確かにかっこいい。けれど。

「男としては頼られてぇよなぁ」
「うるせーよ!」

 倉持の笑い交じりの言葉があまりにも図星過ぎて、顔を引き攣らせてしまう。
 やはり男としては自分の好きな子にはそんなやって隠れてかっこつけられるより、目の前で頼ってほしいものだ。
 でもそんなやってかっこつける彼女のことも可愛いと思えてしまうのだから、俺は本当ににぞっこんなんだなぁ。

 ―――だから、誰かが俺の前からあいつを排除しようとするならば、俺はその誰かを排除することだって厭わねぇ

 さてあの女たちどーしてやるかね。が同じことを考えているとも知らずそんなことを思っていれば、「つーかよ」と倉持が話しかけてきた。

のあの顔、どうすんだよ。誤魔化されてやんのか?」
「そーだな。問い詰めるのは簡単だけどそうなるとお前が俺に話したこともばれそうだし、やめておくよ」
「……是非ともそうしてくれ」

 話すなとは言われたけど見せるなとは言われていない、などという屁理屈はには絶対通じない。きっと俺が現場を見ていたと知るなり、すぐさま倉持をボコりにかかるだろう。それはさすがに倉持に申し訳ないので、の顔については彼女に不自然に思われない程度に尋ねて、適当なところで誤魔化されてやろうと思う。

 なんて恋人想いな俺なんでしょう。自画自賛しながらも、が必死に隠そうとするんだろうなと想像するだけでそんな彼女を可愛いと思ってしまっているのだから、俺はに負けず劣らず性格が悪い。
 けどそんなところがお似合いだろう、と周りに言いふらしてやりたい。外面しか見てこないくせに俺のことをわかった気になっている奴らには特にな。
 
20160917 ... 怖いこと悪いこと 《title:エナメル
 性格悪いなぁ……