我らが青道野球部では、備品の買い出しは女子マネージャーの仕事となっている。理由は単純に男子に頼むと見当違いのものを買ってこられてしまうことが多いからだ。以前頼んだときは見当違いとかそういう次元でなく、これはすでにいっぱいあるから必要ないでしょう……! と嘆きたくなるようなものを買ってこられてしまった。ほんとつっかえねぇ。貴方たち何年野球やってるの、どうして野球に必要なものをそろえらんないわけ? 必要なものはいつもお母さんに買ってきてもらっていたんですか? ほんっとうに、つっかえない。叱るでもなく諭すでもなく、ただただ事実を淡々と述べてやれば、最初はそうやって言われることすらも不満たらたらだった部員も最終的に何も言い返せなくなっていた。実際言い返せるわけなんてないんだけどね! 唯一の救いが買ってこられたものが足の速い食材などでなく、常備しておくべき傷薬やらテーピング用の道具やらだったことでしょうね。

 そんなわけで買い出しはマネージャーの仕事なんだけども、そこにも問題はありまして。買うものが多すぎて女子だけで行けないのだ。
 というわけで私が買い出しをするから荷物持ちよろしくね、といつもの二人―――言わずもがな、御幸と倉持を引き連れオフのまちに繰り出したわけである。
 不満げな表情を浮かべていた倉持にそうやって説明をしてやれば「そうじゃねぇ」と短く否定の言葉。

「お前らこの後どうせデートだろ、買い出しも二人でいってこいよ俺を巻き込まないでくれ……!!」
「一回やったら荷物の量が多すぎてものすごく大変だったのよねぇ」
「だから寮に荷物おいてでかけるってことで倉持くんにも手伝ってほしかったんだ♡」
「あーそういう……」

 すでにやってたのかよ……。仏頂面にため息。最近よくこういう表情をする倉持を見るような気がする。―――私たちが原因ってのはよくわかってるわよ!

「はっはっは、まーいいじゃねえか」だなんて高らかに笑った御幸に向けて倉持がきれいな蹴りを決めたけど、ごめんね正直私も御幸と一緒で「まーいいじゃねえか」って気持ちなんだ。だって私たち三人、大抵どこにいても三人一括りにされるんだから……。別にデートにつき合わせてるわけじゃない、ただの買い出しに付き合ってもらっているだけ。だから大目に見て……! その思いが通じたのか否か、倉持は最後のもう一度だけため息を漏らすと、「早く終わらせるぞ」と先導を切った。
 そういう男らしいところが倉持の良いところよねぇ。御幸と二人、倉持にばれないよう顔を見合わせて小さく笑い合った。



 どうにか無事買うべきものはすべて入手でき、あとは寮に戻ってこの重たい荷物をどうにかするだけ。そしたらただ家まで送って貰うだけの帰り道とかでなく純粋な意味でのデートだ! 楽しみから早足になりそうなのをぐっとこらえなんでもないように歩いていれば、ぴかぴかと照明の強い店の前に差し掛かった。何かしらと少し中を覗けばどうやらそこはゲームセンターのようで、沢山のゲームとその紹介のような紙が張り出されていた。
 ゲーセンのなかって色々あるのねぇ。ちらりと眺めるだけに留めるつもりだったのだけど、偶然見つけてしまったそのうちの一枚に、私の視線は釘付けになってしまった。男子二人の前を歩いていた私が思わず足を止めてしまえばそれに続くように御幸も倉持も足を止める羽目になってしまって。内心「ごめん!」と謝りつつも私はすぐに何も言えなかった。だって、だって!!

「やだあのぬいぐるみめっちゃかわいい……!!!」

 ユーフォーキャッチャーの宣伝チラシ。そこに何ともかわいらしいくまさんのぬいぐるみが載っていた。うさちゃんやとりさんなど他の動物もいたんだけど、特にくまさんがかわいい。
「かわいい……か……?」「不細工の間違いだろ」とか戸惑いを露わにする野郎どもは無視だ。あの可愛さに気付けないなんてほんっと信じらんない!!

「ねぇ、あれってとるの簡単?」
「得意な人は得意だけど……もしかして、やったことないの?」
「寧ろ入ったこともないわ。ゲームセンター自体は見たことあるんだけどさ」
って意外と世間知らずっつーか、こういう遊びに疎いよな」

 確かにそうかもしれない。というかその通りだ。だけどなんて答えてみようもなくて、小さく笑みを浮かべながら肩を竦めれば、御幸と倉持が顔を見合わせ……

「俺あんまり得意じゃねぇんだよな。倉持は?」
「遊びまくってた俺の中坊時代なめんなよ」

 買ったものを持ったままゲームセンターに入って行ってしまった。え、え、とついていけないでいれば、「何やってんだ早く来いよ」と振り向いた二人。
 どうやら彼らがぬいぐるみを取ってくれるということらしい。驚きに目を見張れば、御幸が私の手を優しく握り、引き寄せてくれた。

「怖くないよ、俺らもいるからおいで」

 別に怖がっていて入らなかったわけじゃないけど、でもその気遣いに頬が緩んだ。



 そして二十分後。私は大きな勘違いをしていたことに気付いた。

「私たしかにどの子も可愛いっていったけど……全部とれとはいってないと思うのよね……」

 こいつら、私のためにぬいぐるみをとっているというより、ただ単にユーフォーキャッチャーを楽しみ始めてやがる。
 いや別にいいんですけど、いいんですけどね、でもさぁこうやって放置されるとなかなか寂しいものがあるんですけど! 本当にゲームセンターに来たのは初めてで何がどんなゲームでどうすればいいのかわからないし、そもそも御幸に「俺から離れるなよ」といつになく真剣な眼差しを向けられてしまってそれに頷いちゃったから移動ができないし。そうなってしまえば彼らが、というか倉持がぬいぐるみをとる姿を見ているしかないんだけど、これって見ていて楽しいのは初めのうちだけだったわ。―――つまり上手すぎて逆につまらないのである。はじめのうちは魔法を使ったみたいにポンポンぬいぐるみを取るもんだから、子供みたいに目を輝かせてすごいすごい言ってたわよ。我ながら年を考えない行動だったなと思って恥ずかしさでいっぱいだけど。でもこういうのって、あーおしかったね、もうちょっとこうしたらいいんじゃない? って騒いで楽しむってのも醍醐味なんでしょう。別のユーフォーキャッチャーをやってたカップルがそういうことをしていたのを見てそう思っただけなんだけど、実際それできゃあきゃあ楽しそうだったからそういうのもありなんだろうに、うちの男どもときたら―――真剣そのもの。「打率もこれくらいだといいのにね」という私の冷たい一言に一度だけぬいぐるみを取り損ねてはいたけれど、それ以外は小銭を入れれば確実に一体とっていた。下手すると二体。倉持、貴方伝説になるつもりなの……? それと一也、恥ずかしいからお願いそこまで応援してやらないで。倉持はその応援でテンション上げないで。



 そして結局私たちは全員の財布からお金が無くなるまでぬいぐるみを取り続けた。

「可愛い、可愛いけどさ、でもさぁこれ……」

 どうやってもって帰んのよ。買い出しの荷物だってあるのに。

 額を押さえ、店員さんが下さった袋に詰まったぬいぐるみの山と買い出しの荷物を交互に見る。到底三人で持って帰ることはできない量である。
 ぬいぐるみはそれほど重くなくて嵩張っているだけだから、最悪それだけなら三人がかりで頑張れば持って帰れるわよ。でもそうなると本来の目的だった買い出しの荷物を持って帰ることができない。
 さーどうしましょうか。店員さんが気を利かせて「こちらで一時お預かりしましょうか?」と聞いてくださったんだけどさすがにそれは迷惑になりすぎる。ただでさえユーフォーキャッチャーの中身をほぼ空にしたということで恥ずかしいってのに荷物まで預かってもらうなんて……できない、私には無理。「いえ大丈夫ですので〜」とにこやかに対応し店外で待っていた二人の元へ戻れば。

「ヒャハハ、マジで暇してたのかよ! だったら十分で来い! 走れば余裕だろ」
「どうせ何もすることなんてねえだろ。たまには先輩に付き合えって。……よし言ったな、十分で頼むわ」

 一体これどういう状況よ……。
 二人はそれぞれ携帯に向かって話しかけており、どうにもその内容は丸被りであるので、つまりはそういうことだろう。

「誰が来るの?」
「とりあえず沢村と降谷は呼んだ」
「てきとうに何人か集めてこいっつったからもうちょっと来るだろうな」

 職権乱用するなぁ、思わず苦笑を漏らせば「そのが楽だろ♡」と二人がそろってあくどい笑みを浮かべた。苦笑いのつもりだけど、もしかしたら私も似たような表情をしてるのかもしれない。

 ―――恋人との時間も良いけど友達との時間も良いものね

 それに気付けたことはとても素敵のことのように思えて、「あーもう、楽しいなぁ」とひとりごちれば、一也が「よかったな」と穏やかに笑いかけてくれた。そんな私たちを倉持は不思議そうな表情を浮かべ見ていたが、やがてなにかを諦めたように「ほんと、お前らといると楽しいよ」と肩を竦めた。
20160914 ... 最大幸福のこたえ 《title:as far as I know / 黄道十二宮》
 三人組が好きなんです……三角関係でないカップル+αって組合せが好きなんですう……