「お、珍しいもん見た」

 聞こえてきた声に顔を上げれば、そこにはやはりというかなんというか御幸の姿があった。
 珍しいって……何のこと? 別に私は私でいつも通りのはずだしそれとも何、今日変なところでもあった!? あたふたとブラウスを抑えたりスカートの裾を引っ張ったりするも、どこもおかしいところなんてないようにしか思えない。

「ねえ何がおかしいの?」
「おかしくなんかねェよ。ただ三つ編みが珍しいと思っただけだよ」

 その言葉になんだそういうことかと息を漏らした。慌てて損しちゃったわ、てっきりもっと別の変なことがあるのかと思ったじゃない。けれど確かに御幸は「珍しい」と言っただけで「おかしい」とは一言も口にしていない。早とちりしちゃった、小さくため息を漏らしてから耳の下へ長く伸びる二つの三つ編みに視線を落とす。ざっくり髪を二分割しただ編んだだけの簡単な髪型だが、確かに学校にしてきたことは一度もなかったように思う。元より休日にだってしていなかったしね。
 それなのに今日こうやって編んでいるのは何故かといえば、―――単純に、寝癖が酷かったのである。ポニーテイルにするにしてもいろいろと跳ねすぎていてみっともないように思えたし、髪をおろしたままにするなんてのは論外。ヘアアイロンでどうにか直してこようかとも思ったけどさすがに時間が足らな過ぎて、最終的に消去法で三つ編みを編んできたのだった。
 初めて見る 私の三つ編み姿に御幸はどうやら興味津々の様子で、まじまじと私を……というか私の髪を見てくるんだけど、これがまたなんとも恥ずかしい。そんなに見ても面白くなんてないでしょうと言いたいのだけど、口に出そうとしてはどうにも喉につっかえてしまった。

「これってあれだろ。解いたらふわふわってなるんだろ」
「あー、まぁ、そうね」

 思わず言葉を濁してしまう。……だってなんて答えてみようもないんだもの。
 そんな私の反応に御幸は不思議そうにしながらも、傍に寄ってきて二つに結ばれた三つ編みのうちの片方を手にした。強く引っ張るわけではなく優しく壊れ物を持ち上げるような触れ方は今まで誰にもされたことなんてなかったものだから、一気に顔に熱が巡る。

「どういう感じになるのか見たいかも」
「…………ふわふわってよりどっちかって言うとごわごわぐにゃぐにゃになってぼさぼさだから勘弁」
「擬音語多すぎだろ」

 はっはっは、と軽快に笑っているけど、あのね、ほんとそれ事実だからね。御幸の手の中の髪とは別の三つ編みの毛先を手に取り、箒で床をはくように手の甲をそれでくすぐる。
 そうやって遊んでいる私を御幸は穏やかな表情で見つめてくるものだから、もう、どうしても顔の火照りを抑えられない。あのね、私貴方が思っている以上に貴方に触れられてるとドキドキするのよ。わかってるわけ?
 しかしそれを口にするのはどうにも憚られる。恥ずかしいような、この私が照れるだなんて……! というプライドからくるような、兎角そんな感じで、どうにか平常の笑みを保とうと努力する。

「こうしてみると結構髪長いよな」
「まーね。昔からずっと伸ばしてるし。御幸は髪伸ばさないの?」
「チャラくなんじゃん」
「イケ補改めチャラ補になっちゃう?」
「絶対嫌だよ」

 何ともおかしくって、んふふと笑い声を漏らせば、御幸もはっはっはと笑い返してくれた。
 そんな穏やかな時間を送っていれば、突然私たちの頭上へ影が差し……顔を上げればまるでヤンキー―――いやむしろヤンキーそのものといった様子の倉持が顔を引き攣らせていた。

「やだぁ倉持君こわぁい」

 茶化してみるも残念なことにその声はしっかり無視されてしまい、次いで告げられた「なにかあったのか?」という御幸の声までも聞こえていない様子である。そこまでくれば何かあったのかしらと不安になってしまうもので、御幸と二人顔を見合わせれば「てめえら……」と低く且つ機嫌が悪そうでしかも呆れまでもが混ざった混沌とした声が聞こえてきた。

「どうでもいいけどてめぇらここが教室って忘れちゃいないか?」

 その問いかけには私も御幸も即答できる。

「忘れてないわよ」
「それがどうかしたのか?」

 何当たり前のことを聞いているの? 暗にそう告げるように答えてやれば、倉持はそういう答えが欲しかったわけではないらしく……

「―――頼むからこの二人とクラスを変えてください」

 先程の声とは打って変わり悲痛の声を上げ倉持は天を仰いだんだけど、そんなにおかしなこと私たちしてたかしら。つーかその動きもしかして神様に祈ってるわけ? もっと現実的なところにお願いに行きなさいよ。―――実際にやられたら結構傷つくと思うけどさぁ。
 目の前の御幸と揃って首を傾げれば、「お前らのパーソナルスペースは一体どうなってんだよ……」とため息交じりの声。もしかしたら涙も交じっているかもしれない。

「まぁ倉持貴方パーソナルスペースなんて言葉知っていたのね」

 再び茶化すようにそう言ってやれば「驚いちゃったわ」と私の口調を真似て御幸が両頬を押さえながらかわいこぶる。全然可愛くありませぇん、そんなことねぇだろ。顔を合わせて笑い合っていれば突如頭をむんずとつかまれた。誰かなんて見る必要はない、倉持の手だ。

「ちょっと倉持髪の毛ぼさぼさになっちゃう……」
「つーかなんかお前力強すぎな……あ、あっあっいっていてえいてえ!!!!!!」

 確かに御幸の頭からミシミシと音が鳴っているのが聞こえてくる。案外倉持は優しいので私の頭にある手は力を加減してくれているということだろう。だからと言って油断は禁物。―――やーさしいなぁ、とか思っていれば倉持の手に力が加わったんだもの。御幸側の手に。慌てて「ごめんごめんごめん!!」と謝れば力を緩めてくれたようで、真っ青な顔をした御幸が「いのちびろいした……」と片言で言い出した。やばいこいつ全然命拾いできてない。

「いちゃつくならどっか別のとこにいってくれよ……見せつけられてるこっちの身にもなってくれ……」

 そんないちゃついてるつもりなんてなかったんだけどなぁ、どこがそう見えたのかしら。小さく首を傾げれば御幸も同じく首を傾げる。まぁ私たちってばよく同じタイミングで動いちゃうものね。愛ゆえにかしらね。―――やだちょっと照れくさいかも。
 ほんの少し、ほんの少しだけ、顔を赤く染めながら御幸を見れば、「? どうかしたのか?」だなんて言ってくるもんだから、「なんでもないわ」とにっこり違和感のない笑みを浮かべる。

 そんなことをしていれば倉持は頭を抱えて蹲ってしまった。やだちょっとごめんって、ふざけすぎちゃったとは思うけど貴方にそこまでの反応を見せられるとさすがの私たちも傷つくからやめてよ……。

「近すぎ……お前らマジで……近すぎ……それをまじかで見せられる俺たちの身にもなってくれ……」
「そうはいうけど言うほど近いか?」
「それほど近くないと思うけど……」
「クラスを変えてくれ」

 遂には真顔で言い切られてしまった。なんだよこれ罰ゲームか、俺何か悪いことしたか!? 何も悪いことなんてしてないと思うしあと罰ゲームでもないんだけどな。
 けどあまりにも倉持の表情が死んでいたのでさすがに何も言えなくなってしまって、御幸と顔を見合わせ方を竦める。

「じゃあ次から一緒の椅子に座るのはやめるね」

 苦笑交じりの私の声に帰ってきたのは「是非ともそうしてくれ」という疲れた気なげっそりした声だった。
 ごめんねそこまで反応されるとは思ってなかったんだ。でもこれ私より御幸の責任が多いと思うのよね、ちょっと椅子に隙間空けたらするりと入ってきちゃったんだもの。―――あ、そこで止めなかった私も悪いのね、了解ですう……。
20160913 ... 愛とは新しい罰のことですか 《title:as far as I know / 黄道十二宮》
 ナチュラルに……いちゃつく……?