「ねねね御幸お願い体操着の半袖貸して! 下は持ってきてたんだけど上忘れちゃって他の女の子誰も二枚持ってる子いなくて貴方だけが頼りなのよお願い!!!」
「お願いは分かったけどちゃんお願い周り見て男子今着替えてるからね」

 体育の前は男子は教室で着替え女子は体育館に備え付けの更衣室で着替える、というのが青道のルールで、例に漏れず次に時間が体育であるうちのクラスは着替えをしていた。
 そこへバン! と勢いよく扉の開く音が響きなんだなんだと男子全員がそちらに注目すれば焦った表情で俺の元へ詰め寄るの姿が。
 あーこんな状況前にもあったなぁ部活の時に、と軽い現実逃避をしながら外したベルトをガチャガチャと押さえスラックスが脱げないようにする。あのな

「何度も言うけどお前男子の着替えてる部屋に入るなって……」
「別に見てもなんとも思わないんだからいいじゃない。恥ずかしがるならもっと鍛えて出直してきなさいよ」
「鍛えたら逆に見られたくなるんじゃねえか?」

「そういう話をしてんじゃねえだろうが馬鹿ども!」

 遠くで吠える倉持はすでにのことを気にせず着替えを再開している。他の男子は未だ着替え途中なのに女子がいるということで恥ずかしがって何もできていないにも関わらず、だ。あいつの順応性の高さは正直見習いたいような気もする。―――部活前に着替えているところへ散々が現れるものだから、順応させられてしまったというべきなのかもしれないけどさ。

「つーか俺も半そで今着てるのしかないわ……倉持は?」
「ねぇよ」
「だってさ」

 だから今日は見学したら、と提案しようとしたところでそういえば今日短距離の測定だっけかと思い出す。にも同じように「タイム測るから休みたくない……」と俯かれてしまいさてどうするかと悩む。
 今は着替え中の教室にクラスのマドンナがいるということであたふた騒いでいるが、そのうち冷静になったら我先にと着ている半袖を脱いででもに貸そうとするものが出てくるだろう。―――それだけは絶対に避けなければならない。
 倉持までならまだいい。あいつが何の下心も持っていないのはよくわかるしついでに本人からも「の顔はいいと思うけど彼女にしたいかって聞かれたら天地逆転しても絶対にねえ」と聞いている。そういうことは彼氏に言う話じゃねェがな! も「倉持は友達だしあとむしろお兄ちゃんにしたい。うちの兄貴とチェンジで……」と最終的に顔を引き攣らせていたぐらいだから、兎に角倉持の体操着を着るならばまだ許せるんだ。
 しかし倉持も俺も体操着は今着ている物の他になく貸すことはできない。

「部活のジャージは? 朝練の時来てたじゃん」
「部室……」
「あぁなるほど……」

 最悪動きやすければいいだろうと提案するもあっけなく却下される。それもそうだ部活用なのだから教室に持ってくる必要はない。
 教室から部室までの往復には十分もかからないが、そこから着替えたりなんだりとすれば時間はあっという間に経ってしまうので倉持に頼んだとしても間に合わないことだろう。

「だから御幸にお願いしてるのほんとお願い……!」
「貸しても良いけどそしたら俺上裸で測定しなきゃじゃん……」
「私が上裸で受けるより良いでしょ」
「いや眼福だからべつにちゃんが」

 最後まで言い切るよりも先に、ズガン! と久々に重い一撃が腹部に飛んできた。負けるな俺の腹筋……ッ! は口元だけに笑みを浮かべながら「今そういう話してないでしょう」と拳をめり込ませてきていた。スミマセンデシタと即座に謝れば拳は離れてくれたがちゃんこれ俺が鍛えてるから平気なんだってわかってる?

「てか上裸じゃないでしょう」
「いや俺ジャージ持ってきてねえから……」
「アンダーシャツ」

 俺の言葉に被せるように告げられた言葉に思わず短く「は……?」と返せば、なんでもない風に

「アンダーシャツ、あるでしょう」

 と言ってきた。楽しんでいる様子がないので恐らく本気で言っている。は冗談で言っているならばすぐにそうとわかるようにいたずらっ子のような笑みを浮かべるので非常にわかりやすい。―――たまに本気の表情で冗談を言うこともあるがな。しかし今のはそういうわけでなく、本気の表情で本気の言葉を吐いている。

「いやたしかに今持ってるけど……」
「……あもしかしてそれじゃ体育受けられない!? ごめん最悪それでいけると思ってお願いに来たんだけど無理だった!?」

 俺の様子に焦り出したに「そんなことはねぇけど」と返せば、先程までの勢いはどこへ行ってのか「ほんとに大丈夫……?」と尋ねてきた。もしやそれが俺のに対する優しさから来たウソだとでも思っているのだろうか。
 ったく、ため息を吐きそうだ。普段はあれだけ人の弱みに付け込むようなことを言い悪魔のように笑うというのに、本当に困った時はそういうことを考えず、考えられずに、人を頼ってくる。しかも無理やり何が何でもお願いというわけでなく、きちんと自分なりに大丈夫と考えたうえでだ。あとは俺だけが頼りというのも男としてはぐっとくるものがあるし、兎にも角にも―――はずるい。本当に。

「良いよ大丈夫。ただサイズあってないのは気をつけろよ」
「あ……ありがとう」

 ほっと顔から力が抜けていく様を見ながら、あれだけ騒ぎながらも不安で心配でたまらなかったのかと気付くと罪悪感で胸が張り裂けそうになった。「ちょっと待って」と言ってから着ていた半袖を脱ぎそのままに渡せば、再び「ありがとう……!」と今度は笑みを浮かべながら告げ、俺の半袖を大切なもののように両腕で抱きしめながらパタパタと教室から出て行った。あんな顔見せられたらいくらでも助けになってやりたいだろ、と思いながら脱いでいたアンダーに腕を通す。

 結局俺はありがとうと顔を綻ばせる彼女に弱いのだ。がそこに付け込んでお願いしてきたというわけでなく、本気で俺を頼ってのことだったとわかるから余計に困るし仕方ないかと思えてしまう。

 ―――それに、俺の体操着を着て授業を受けるというのもなかなかいいもんだしな

 そんな雑念を彼女に気付かれればきっとドン引かれること間違いなしなので、心の奥底に眠らせておこうと誓い、そこでようやく教室が静まりかえっていたことに気付いた。気付けた。倉持なんかは額を押さえて「馬鹿どもが……」とつぶやいてるし―――あぁやばい、これ相当やばいんじゃないか。

 直後、教室は割れるような怒声で溢れ、後にから「何騒いでいたの?」と尋ねられるのだが……答えらんねぇよ……さんと何仲良さげにわいわいやってんだよって乱闘が起こったなんて……言えるわけがねぇよ……。倉持が呆れたような表情で説明しようとしているのを身を挺して防ぎながら「ちょっとな」と誤魔化せば、「ふぅん」と訝しげにしながらも納得してくれたので本当に助かった。

 それよりなにより問題はが今俺の半袖を着てるという状況だ。

「タイム測定、動きにくくないか?」
「結構大きいけど裾結べば服が動くこともないだろうしだいじょぶよ」

 鈴を転がすような声で笑ったかと思えば、「あ、」と唇に人差し指を当て、俺に近付いてくる。なんだなんだと内心首を傾げていれば、身長差のせいで簡単に届くわけのない俺の耳にが唇を寄せようとしていたので、少し屈んでやる。

「彼シャツだからちょっとドキドキするけどねぇ」

 冗談混じりの声ではあったが、するりと離れていくなり俺と顔を合わせようとしないので、つまりはそういうこと。

 ―――襲うぞと言わなかっただけましだと思っていいことに気付いてくれよ
20160911 ... ふしだらな結末 《title:リリギヨ
 ポイントは嬢に半袖を貸すためならば躊躇なく上裸になった御幸です。