「……ちゃん何してんの?」
「やぁね、見てわかんないの?」
「マフラー編んでる……」
「そうよお。なかなかうまいもんでしょ」

 テーブルの上から転がり落ちそうになった毛糸玉を上手く手繰り寄せてから再び作業に戻るの手元は決してたどたどしくなどなく、本人の言う通り非常に見ていて楽しいぐらいにうまい。あと手の使い方がこなれていて、動きが早い。
 だが俺が聞きたいのはそういうことではなくって。

ちゃん今何月?」
「九月に決まってんでしょ」
「……さすがにまだ必要ないんじゃねぇか?」

 まだ暑さの残る九月にそんなものを巻いていたらただの変人である。その旨を告げれば呆れたように「当たり前でしょ……」と返されてしまうものだから何も言い返せない。
 後片付けが残ってるから自主練終わってから送って貰えないかな、というのお願いに快く賛同し自主練をして手早く身支度を整えてから食堂へ向かえば、どういうわけか編み棒と毛糸を持ち込んで編み物に耽るの姿と、それを「先輩すげぇっすね!!!」と感動している沢村の姿があった。いや感動するよりも先に聞くべきことがあるだろうと冒頭の科白を吐くも彼女はさも当たり前のように答えるし、沢村の野郎なんて「何言ってんすか?」と聞いてきやがった。明日は絶対てめぇの球は受けねぇぞと内心近いながら、の正面の椅子に腰かける。さすがに今すぐ出ることはできないだろうと思ってのことだ。

「今のうちに編んでしまえば寒くなったらすぐ使えるでしょ」

 が歌うように俺の疑問に答えてくれたので、成程と納得する。そのとーりとドヤ顔をする沢村の野郎はやはり明日のみと言わず暫く球を受けてやらねェ。
 彼女の手元でだんだんと長くなっていくマフラーの色はグレーで、誰が使うのか全く見当もつかない。男か女かすらもわからないが、の場合兄妹が多いのでそちらに向けて編んでいるのかもしれない。―――というかそれ以外の奴に編んでいるとしたら何が何でも阻止したい。俺はからそんな手作りのものをもらったことがないのに、と。

「編み物好きなの?」

 考えていたらだんだんと未知の受取人に対して怒りがむくむくと湧いてきたので、その怒りを誤魔化すように尋ねてみる。沢村に八つ当たりをしようにもあいつは課題があるとかで金丸に連れて行かれてしまったしな。

「んー……別に好きってわけじゃないけど、嫌いでもないし、あと暇つぶしにちょうどいいなぁって」
「お前らしいな」

 苦笑を漏らすように言葉を返せば、「自分でもそう思うわ」と顔を上げないまま口元を綻ばせた。
 そのまま作業を続ける彼女は見ていて楽しいようにも思うが、構ってもらえなくてつまらないという気持ちもある。つーかあなた帰らなくていいんですか? ―――聞こうかと思ったけれど、こうやって静かな時間もまたいいかもしれない。手元に集中しきっているの顔をじっと見つめていればそう思えてきた。長いまつげに縁どられた瞼は決してこちらに向けられることはないが、どうにも惹きつけられそちらにばかり目が行ってしまう。ちゃん可愛いから仕方ねぇよと自分に言い訳をし見つめているとの肩が可笑しそうに揺れた。

「なぁに、そんなに暇?」

 もうやめようかと尋ねてきたにゆっくり首を横に振ってから「見てて楽しいからきりの良いところまでやってからでいいよ」とこたえてやる。
 ありがとうと礼を告げながらも決して顔を上げようとしないはそれだけ真剣に取り組んでいるということで、邪魔をしたくないと思えてしまった。

「やり始めると楽しくって止まらないのよね」
「そんだけうまいってことは何本も編んだことあるの?」
「あるよー。毎年少なくとも一本は編んでるかなぁ」

 儲かるからねぇと笑う声は天使でなく悪魔のようだ。お前商売にしてんのか。思わず突っ込めば、

「姉さんが毎年ダメにするのよ。どうやったらそこまでほつれるのって聞きたくなるぐらい使い古してくれるわけ。でも編んでやるとすっごく喜んでくれるしあと買い物に連れて行ってくれるから断れないのよねぇ」
それ一番最後のが理由だろ」
「うん」

 悪びれもせず頷くに脱力する。しかしその毎年編む一本というのが姉の元へ行くということは今編んでいるものもそうなのだろうか。けれど何の飾り気もない単純な模様と思われるマフラーを姉に贈るだろうか。
 あーだめだやっぱ気になる。こんなに楽しそうに編んでいる姿を見せつけられて、プレゼントするのが俺以外だなんて本当に悔しい。彼女が家族に贈るのだとしてもそれは変わらない。
 けれど欲しいとも言えずどうするか悩み、あぁそうかと思いつく。

「誰にあげるの?」

 ただそう聞けばいいだけだったのだ。しかし誰と答えるのかそれが不安で恐る恐る尋ねれば、彼女はそこでようやく顔を上げて、キョトンと俺を見つめた。―――その表情、もしかして。

「貴方にだけど……あれ、言ってなかった?」

 …………ほんと、早々に聞けばよかった。
 聞いてねェよと年相応に口を尖らせれば「なんだそれでずっとこっち見てきたわけ? そんな不貞腐れないでよ」と笑いながらマフラーの編みあがっている部分に唇を落とすものだから俺は何も言えない。

 ―――あと貴方をずっと見ていたのはマフラーを贈る相手が気になっていたからだけじゃありませんからね。
20160910 ... おまえの沈黙はいつもやさしい 《title:as far as I know / 黄道十二宮》
 ただ少女漫画で編み物してたから書いちゃった話。にしてもみっじかいな。