「え、これいったいどういう状況?」

 そりゃ俺が聞きてえよと内心叫びながらも背中の女を起こすわけにはいかねえので黙ったままため息を漏らす。
 そんな風に聞いてきた御幸は「ちゃん爆睡じゃん」などと笑いながら、俺の背中に寄りかかるように眠りこけているの正面へと回った。じっと眺めるばかりで起こすことも触れることもしない御幸は、がこんな状態になった理由をわかっているのだろうか。ほんとお前らの事情に俺を巻き込んでんじゃねえと声を大にして言ってやりたいところだ。



「ねえ倉持。折角天気も良いことだし屋上でお昼にしましょう」

 昼休み、御幸もいないことだしとひとり携帯を弄っていたところへ満面の笑みを浮かべながらは俺に向かってそんなことを言ってきた。
 普段は女子と食ってんだからそいつらと行けよと告げようとしたところで間一髪彼女の目が全く笑っていないことに気付けた俺は正直すげぇと思う。あと命拾いした。だんだんとの顔が引きつっていき「ね、はやく」と言っているこいつの本性にクラスの男子の何人が気付いていることか。お前ら羨ましがってるけど待ったく楽しい状況じゃねえぞ。楽しんでいられるのなんてこんなのことを可愛い可愛いとうるさい御幸ぐらいなものだろう。ったくあいつなんでこいつ置いてどっか消えてんだよ。そんな苛立ちを心に抱えながらの後をついていけば先程宣言した通り屋上へとたどり着く。
 その途端に先程まで浮かべていた形だけの笑顔は消え失せ、なんとも機嫌の悪そうな表情を見せたに判断ミスをしなくてよかったと心の底から安堵する。この女は非常に面倒だ。外面だけの関係ならば問題なかったのだろうが、クラスは御幸と共にずっと一緒、部活中も自然と会話は増える、そうなってしまえば周りからの「美人だけどそれを鼻にかけない良い人」「部活熱心なかっこいい人」という正直い誰だよと言いたくなるような評価を覆さぜるを得ない。つまりは本性を知っていまったってわけだ。
 こんな美人がマネやってくれるなんてラッキー、などと思っていた入部当時に戻ってやり直したい。つーか忠告をしたい。この女は顔だけだ。近付いたが最後絶対に可愛いなんて思えないようになるから、それが嫌なら外面を拝んでいろ、内面を知るな、と。それならば害は及ばないしそれなりに楽しめただろう。しかし同時に今のまた違った楽しさを味わえないだろうから、非常につまらないものだっただろうなと思う自分もいて。なんだかんだと言いつつ結局この女のこういうところを嫌いでないのだ。面倒くさいとは思うし絶対に恋愛対象にしたいとは思えないけどな。

「御幸の奴呼び出されたんですけど」
「喧嘩か?」
「いつの時代のヤンキーよ」

 暗に「貴方じゃないんだから」と言うは俺の中学の頃の写真を何故か所持している。どっからそんなもん探してくるんだ。そういえばこの間「が俺の子供のころの写真持ってた……」と悲しんでんだか喜んでんだか曖昧な表情で御幸が報告してきていた。勝手にやってろバカップルと返しておいたが、本当には一体どこにどんな人脈を持っているかわからないので恐ろしい。

「だったら堂々と付き合えよ。お前だってどうせ告られてんだろ」
「全部断ってるもん」
「当たり前だし御幸もそうだろ」
「そうだけどさぁ……」

 面白くない。そう言いたげに口をとがらせるこいつは本当にただの面倒くさい女だ。本人はよく「黙っていればただの美人」と言うが全くその通りで、口を開けばただただ面倒で変な女だ。よく御幸はこいつを可愛いだなんて言える。恋は盲目ってことなんだろうな。跡は互いに性格の悪い者同士だからこそ付き合えてるのかもしれないなと肩を竦める。

 とか思っていれば唐突にが絵に描いたように不貞腐れ、ドスンと俺の背中に寄りかかってきた。女一人の体重なんて練習でゾノを担いだことだってある俺たちからしたら決して重くないし、衝撃からくる痛みも特には感じなかったが、それでも一応形だけは、と口を開く。

「重い」
「ひっど、女子にそれはない」
「すみませんねさんの性別俺の中では女子じゃないんで」

 想いきり脇腹をつねられた。なんだこれ仲良しカップルの喧嘩かよ。勘弁してくれ、御幸にばれたら今度は向こうが面倒くせえんだから。

「私生物学上はちゃんと女なんですけど!!」
「自分でも認めてんじゃねえかその言い方!!!!」

 怒鳴り散らすにこちらも負けじと怒鳴り返せば、「ひ、ひどい……」と顔を覆い泣き声を零し始める始末。屋上に誰もいなくてよかったと本気で思った。この女が泣いていると知れば騒ぎだす野郎はこの学校に両手じゃすまないほどいるからな。
 そしてここで重要なのが、この女が本気でなくわけがないということだ。つまりウソ泣き。

「あーはいはいスミマセンデシター」

 棒読みで答えればよほど機嫌が悪いのか再び脇腹をぎりっとつまみやがった。俺がやり返さないのを知っての暴挙だ。実際やり返したりなんてしねぇしな! 女に手を挙げたって勝って当たり前なんだから馬鹿なことをする気にはならない。決してこの女に弱みを握られているからとかではない。絶対。

 しっかしここまで機嫌の悪いというのも珍しい。御幸が呼び出されるのなんてあの顔だから珍しくもなんともねぇし、そもそも機嫌の悪い本人だってよく呼び出され、御幸がやきもきするという場面を俺は幾度となく見てきた。
 ―――そういえば、この女が御幸のようにやきもきしている姿を俺は今の今まで見たことがなかったかもしれない。
 もしそれが本当のことだとしたら。

「お前、ほんっと面倒くせえな」
「―――何よ藪から棒に」
「いっつもそうやってひとりで腹立ててたのか? 俺や、もちろん御幸にも言わず、ひとりで」

 背中越しにの体に力が入ったのが伝わる。図星かよと逆に俺は力を抜いていれば、「だってぇ……」と今度は不満よりも心配が大きいような声を出すものだからさすがの俺も驚いてしまった。

「最近そういうの多いし、でもマネージャーなのに選手と付き合ってるなんてちゃらちゃらしてるって一也が思われるの絶対やだから周りに言うわけにいかないし、でもあーやって告白されてるのも嫌だし……」
「頼むから泣いてくれるなよ」
「泣かないわよ……」

 いやもう泣きそうじゃねえか。なんなんだこの情緒不安定女は。あぁもう!

「俺は御幸じゃねえから手前を慰めたりなんてするつもりはねえ。けど、話ぐらいは聞いてやるし御幸への文句を言ってやらんこともない。だから―――まぁなんだ、そんなになるまで我慢しなくてもいいんじゃねぇか?」

 柄にもないことを言ってしまった気がする。しかし直後、ほんの少しばかりの体が俺の背から離れ、再び戻ってきた。

「―――んふふ、ありがとー倉持。私貴方と友達になれて本当によかったと思うわ」

 突然の告白に「はァ?」と振り向くも、は先程までのは一体なんだったんだと言わんばかりにケロッとした表情で「じゃ、おやすみ」とわけのわからんことを口走った。
 待ておい、と止めようとするもはお休み三秒で眠りについてしまい、その声は彼女に届くことはなかった。
 この自由人めが……ッ! たたき起こしてやりたい気持ちでいっぱいだったが、それは非常に恐ろしいことなので、あとで御幸に絶対タイキックだと心に誓い、背中の女を放置することに決めた。



 そして昼休みも終わりに近付き。「とお前がそろって屋上行ったって聞いたけどまだそこにいる?」と聞いてきた御幸にが眠りこけている写メを送ってやればすぐさま屋上に来てしまうこの男は、きっと告白をきっちり断ってこの場にいるのだろう。そして冒頭に戻る。

 少しでもこの二人に近付けばすぐに相思相愛、入り込む隙間なんてねぇってすぐ分かると思うのに、周りは一体何を見ているんだか。好きだのなんだのと言いながら結局それは外面を見てだけのことで、しかし内面を知らないからこそ好きだと思えるのだろう。そんなだけで付き合って何の意味も持てないだろうにとは、俺がなんだかんだ言いながらもこの二人を見ているからこそ気付けているのだろう。そしてきっとこの二人は当事者だからこそ、それだけ強いきずなで互いが結ばれていることを知らないため、相手が告白されては気分を害する、機嫌を悪くすることになるんだろう。
 本当に面倒な奴らだよと考えに耽っていれば、ガツンという鈍い音とともに背中の重みが消えた。パッと後ろを向けば据わった目でじっと御幸を見るの姿。御幸の奴、なにかやらかしたな。しまったと顔を引き攣らせる御幸に向かってはい合掌。
 は寝起きが良くない―――つーかめちゃくちゃ悪い。それを身に染みて感じている俺は巻き込まれたくない一心で、げしげしと御幸の腹に蹴りを入れるから徐々に離れていった。

ちゃん痛い痛いごめんって―――なんで今日いつも以上に力こめられてんだよ!!」

 御幸の叫びから察するに眠りを妨げられたことに対する訴えの他にもぐだぐだと不貞腐れていたことも含まれていそうだ。というか確実にそうだろう。



 ほんっと面倒くせえバカップルだ。だけどこいつらといると退屈しなくて済むし、多少の面倒くささは多目に見てやるとするか。
20160909 ... 二人のつくづく続く日々 《title:エナメル
 面倒面倒言わせすぎたかもしれぬ。