夜道を並んで歩くというのはそれこそ入学したての一年のころからよくあったけど、こうやって一度家まで送ってから再びどこかへ向かうというのは、どんなに思い返してみてもこれが初めてだと思う。
 のんびりと二人歩幅を合わせながら付かず離れずの距離を保っていれば、静かにが唇を上げ囁くような声で言葉を発した。

「まさか練習後にお化け屋敷に行くだなんて余裕が貴方たちにあるなんて思わなかったわ。嫌味とかでなくね、真面目に」
「お前の場合、そういってる時点で十分怖いっつーの」

 俺の言葉に「そう?」なんて言いながらケタケタと笑うの姿から本当に嫌味でないことはよくわかったのでそうからかうに留めた。
 近所で祭があるらしい、そこのお化け屋敷はめちゃくちゃ怖いらしい、などという情報を持ってきたのは一体誰だったのか。今となっては全く思い出せないが、兎に角そこから沢村が「べべべべ別に怖くねーし!!」という何とも信用ならない言葉を叫び、悪乗りした倉持が「それなら行ってみようぜ」と(笑)、そこからわらわらと祭に行く面々が増えて行ったことだけは覚えている。
 確かに練習だの試合だのと夏は高校球児にとって忙しい時期で、夏らしいことを一切できていなかったのだが、それにしたっても練習後に行くだなんてではないがよくそんな余裕があるなと俺も呆れてしまう。
 ただまぁ、一日ぐらいならばそれも許されるのかもしれないな。今年が最後となる三年の先輩たちも騒いでいたことを思い出しながら、そんなことを考える。最後だからこそ、思い出を作りたいという想いは俺にだってある。

 というわけでお化け屋敷―――というか夏祭りに行くことになった青道野球部の一部メンバーは、各々支度を整えてから現地集合ということになり、俺とは俺が着替えるのを待ってから彼女を家まで送っていき、そこで今度がの支度を待ってからのんびり祭に向かうことになったということだ。
 先程倉持から「は? お前らなかなか来ねぇから別行動かと思ってもう中入ったぞ」という連絡が届いたので、それならそれで別にかまわないということで歩みは本当にゆっくりだ。

「でもさすがに倉持酷くない? みんなで一緒にってことになったんだからさすがに別行動取るつもりなんてなかったわよ」
「ほんとな。沢村のビビる姿を写真に収めねばと思っての部屋で折角充電してきたってのに」
「でもいい加減私あの馬鹿の弱みは握りきったからこれ以上いらないのよね」
「…………いや、さすがにそれは勘弁してやってください」

 女房役だからとかではなく沢村の先輩として、それからそんなことを言っているの彼氏として止めてやる。するとはまたもケタケタと笑い「沢村の場合そんなの使わなくて済むから大丈夫だって」と何とも物騒な言葉を吐くものだから、正直冷や汗ものだ。この女は有言実行であり、不言実行でもある。つまりやると決めたらなんでもやる。沢村ファイトーでも俺に被害を及ぼすなよー、と何とも自分本位なことを考えていれば、祭の喧噪が聞こえてきた。
 さてこの後どうしたものかと悩みながら隣のを斜め上から見れば、ちょこんと小首を傾げながら「ちょっと二人でまわるのはどうかな?」と尋ねてきた。その仕草というか態度というかに心を打ち抜かれながらもそれを態度にはださず、余裕の表情を演じて「そうしようか」とこたえれば嬉しそうな表情を見せるものだからどうしようもない。

 食べ物より遊びたいといったの要望を叶えるべくそういう系統の出店を冷やかし歩いていれば、先程からがちらちらと浴衣姿の女性客を見ては眉を顰めていることに気付いた。「さすがに浴衣を着てる余裕なんてないわ」と言った彼女は普段から見慣れている私服姿なのだが、浴衣を着たかったのかもしれない。そういうとこは女の子だよな、と可愛い一面に心がほっこりしたところで、「うーん」と小さくが唸った。
 はぐれないためと握った手に少し力が込められていて、でも俺が本気で握り返したらこの手は潰れてしまうんだよなとか思いながら「なにかあったのか?」と尋ねてみる。見上げるように俺を見る彼女はゆっくり瞬きをし、俺の腕に抱き着くように近付いた。さん俺も男だからそんなに密着されると色々やばいんだけど。

「なーんか、すれ違う女の人の浴衣がすっごく派手だなあと思って」
「着てきたかった?」
「浴衣は着たかったけどあの柄は別に」

 きっぱりと言い切るなりするりと手を繋いだだけの距離感に戻ってしまっていて、少し残念。
 にしても浴衣にもいろいろあるんだな。ただの先程の表情が浴衣を着てこれなかったことに対してでなく派手な柄に対してというのは俺はどう思っていいのか全く分からず複雑である。



 その後も暫く二人で様々な出店をまわっていた俺たちだったが、残念なことにタイムリミットが来てしまった。つまりは他の部員と合流してしまったってこと。

「さすがに時間経ってるしお化け屋敷にはいないよね」
「もう次に行ってるよな」

 などと話しながら怖いというお化け屋敷の近くまで来たところ、ぎゃあぎゃあ目立つ集団がいることに気付き固まってしまう。その時の俺たちの心は「関係者と思われたくねぇ……」で一致していたことだろう。アイコンタクトをとりあいそっと二人離れようとしたのだが、残念ながらそこで沢村に見つかってしまった。「あー! 御幸先輩!! 遅すぎやしませんかね!!!」と叫ぶあいつは倉持じゃないが一度しめるべきかもしれない。そしてぞろぞろ俺たちを囲むように集まり出す他の面々。若干一名ほど「なんで来た」と言いたげな奴もいるが、基本的に「遅ぇ!!」と騒ぐような奴らばかりである。「見つかっちゃったねぇ」なんては笑うけど、俺の心は「見つかっちゃったねぇ……ッ」である。やっぱり近づくべきじゃなかった。

 どうやらこれからようやくお化け屋敷に入るとのことで、「じゃあ私たちも入る?」と聞いてくるに嫌なことを思い出してしまった。否、ようやく思い出せた。
 しかしその前に倉持や沢村を除いた悪乗りしている面々が「でも大勢で行ってもな」「じゃあくじ引きだ」「御幸お前は沢村降谷と行け」「ようやく女子と組める!」「ラッキーな展開も!」などと騒ぎ始めてしまってどうしようもねー奴らだな、などと考えていれば、氷の女王かと思うほど冷たい目をしたとばっちり目があってしまって。そして喧しい部員たちもそれに気付き、騒ぎは終結へと向かっていった。

は御幸とでいいだろ……」

 その一連の流れを離れたところで見ながら、げっそり疲れたげな表情でとどめを刺すようにそういいのけたのは倉持。いや、俺確かにちゃん大好きだけど二度ととお化け屋敷は入らねーって誓ってるから!
 その思いが言葉になるよりも先に、倉持が再び口を開いた。

「この女がお化けこわーいなんていうと思ってんのか?」

 その表情はいつにもまして恐ろしい。「何よその言い方」とが口を尖らせ文句を言うも、その顔に浮かぶのは不満より悪戯っ子のような笑みで。だからなのか倉持はを無視して言葉を重ねた。

「怖がらなくてもいいから女子と行きたいってなら止めねえ。が、この女に夢を見すぎるな」
「倉持何かあったの……?」
「去年の学祭でちょっとな……」

 倉持がどうして「別行動だと思ったから先に入った」なんていったのか、今になって理由に気付く。あれはを隔離するためだったんだ。
 去年の学祭の時、まだがお化けを怖がらないってことを知らなかったため三人でお化け屋敷に入ったのだが、なんでもそこは大の男が泣きながら出てきたという前評判を持つ場所で。覚悟して入ったのだが怯えなかなか先に進めないという事態が起きてしまった。俺と倉持の二人だけがな!! はというと「ふぅん……」と小さくつぶやいたきり何もしゃべらなくなってしまって、最初は怖いのかと思っていたがだんだんとそれが詰まらなさからくるものと発覚していき、最終的には全く怯えていないに縋り付くように俺と倉持はお化け屋敷を回った、ってわけだ。中は暗くなっていたためか外に出るなり俺たちの引き攣った表情を見て高笑いしながら写メを取るっていう落ちまでついてるもんだから正直へこんでいる。「あの頃は若かったわ」って恥ずかしがる表情は可愛いけどあの時やったことは決して俺たちの記憶から消えることはないだろうし、ついでにちゃんあれ去年のことですよ。あの頃なんて言っていいほど昔の話じゃありませんよ。

 そんなことを思い出しながら、内心結論に至る。つまりはこういうことだ。

「どんなお化けよりも怖いのは人間ってことだよな」

 最終的に俺とを除いた面々でくじ引きをしているのを眺めながらそう笑えば、が首を傾げた。しかし直後、彼女の頬に手を伸ばせば顔がはっきりと歪んだ。どういう意味か分かったんだろう。「あんた何言ってんのよ」と拳が飛んでこないだけましなんだろうなと思いながら、誰も見ていないことを一応確認してから彼女の唇に噛みつくように己のそれを重ね合わせた。

 ―――浴衣を着れなくて不満に思ってるかと思えば違うことで不満を感じたり、いっそ恐ろしいと思うようなことをやってのけるちゃんは可愛いんだから、俺みたいな怖い人に油断したらだめだよ

 でも実際に恐怖に戦かれてしまったらそれはそれで悲しいから、このままでいてほしいけどな。
20160908 ... 君を害する者として 《title:as far as I know / 黄道十二宮》
 最後のキスは学祭の仕返しも含まれていることでしょう。