の休み時間は基本クラスの女子と話すか俺や倉持と話すことが多い。社交的だからというよりは「折角学校で直接会えるんだからちゃんと話さないともったいないでしょう」と言うことらしいが正直俺には理解しがたいのでは社交的ということにしている。実際間違ってねぇし。
 けどどういうわけか今彼女は俺の隣の席で真剣な表情でスマホを握りしめ、時折「うわ……なにこれ……やばぁ……」などと呟いていた。たぶん無意識。「何見てんの?」って聞いたら無視されたし。ただ無意識でそうやって呟くのなんてまだいいのかもしれない。言葉の合間ににまーっと笑う姿は残念ながら可愛いと思えない。さすがの俺でも今のを可愛いとは思えない。ちょっと……いや結構怖い。けれどどうにも目を離せず、スコアブックを閉じてをじっと見ていれば、パッと目と目があってしまった。

「なんかあった?」
「そりゃこっちのセリフだっての。ちゃんさっきから何見てんの? 独り言多いしにやにや笑ってるから周りちょっと引いてるぜ」
「えッやだ私そんなことしてた!?」
「してたしてた」

 ぶわぁっと顔を真っ赤にさせるは彼氏としての贔屓目を抜きにしても可愛い。あーここでキスしたらもっと赤くなるんじゃねえかな。実際にやったら絶対照れ隠しでぶん殴られるけど。
 そんな思いが通じたのか否かはたまた別の理由からなのか、俺を見るの目が半目になり重苦しくため息を吐かれてしまった。おいおい、人の顔を見てそれはないだろ。どんな表情をすればいいのやらと固まっていれば、何故かの手が俺のメガネに向かってきて―――

「おい、お前何しようとしてんの?」
「メガネ外したらこの頃の可愛さ取り戻すんじゃないかなって」
「いや男子高校生に可愛さ求められても困るんだけ……―――え、この頃?」

 片手でスマホを弄りながらももう片方の手は俺のメガネを狙うことをあきらめていないようで、隙あらばフレームに触れてくる。そもそもちゃん、俺がメガネ外してるとこみたことあるでしょ、とは言わない。つーかこの場では言えない。メガネやスポサンをつけていない時なんて風呂や寝るときぐらいなもんで、いやむしろ風呂は共用のせいでメガネかけないと危ないからってのでかけたまま入るし、寝るときはアイマスクを使う。つまり何が言いたいかっていうと、俺がメガネをはずしたところを見るのはすげーレアってこと。てか他の誰かに見せたことはないつもりだし。それなのにメガネも何もない素顔をが見たことあるなんて教室で言ってみろ。「いーこと聞いちゃった」とかなんとか言いながら全力で倉持がからかってくるに決まっている。んなことに全力出すなよって言いたいけどな!
 で話を戻すと、は俺がメガネをはずしたところで可愛くも何ともないことを知っているんだから別にメガネを狙う必要なんてないだろ。むしろ見たいならこんな人の多い教室でなくもっと他のところで外してやるよと言いたい。

 とまあそのあたりについてはすぐに話がつくのだが、問題はの言った「この頃」というセリフである。

 俺たちが出会ったのは高校の入学式が初めてのはずで、の言う「この頃の可愛さ」を彼女は知らないはず。いつの話をしているかは知らねえけど。
 あまり格好のつかない話のために言ったことはないのだが、俺は今でこそ180に届くか否かの身長を持つが、中学一年ぐらいまで非常に小柄で、それこそ彼女のいう「可愛さ」を持っていた。不本意ながらな! けどこの頃をは知らない。クリス先輩や礼ちゃん、もしくは鳴が教えたのであれば別だが、それにしたってもあの二人だってさすがに俺の写真をもっているとは思えない。鳴に至ってはこれまた珍しくもが苦手意識を持っているように見えるから――本人に尋ねたところ否定されたが――、当時の情報を得るためとはいえ接触するようには思えない。
 じゃあ一体どうして昔のことを知っているのか。ついでに言うとお前―――そのスマホでずっと見てるのって、俺の写真だったりするわけ?
 諦めず俺のメガネを狙う左手を痛くないように、しかし決して離さないように掴めばは驚いたようでビクリと肩を震わせた。続けて右手のスマホを奪おうと手を伸ばせば「そんな実力行使にでなくてもいいって」と笑われてしまった。そして見ていた画面を俺の顔の正面に持ってきた。
 そこには案の定俺が中学・小学校の頃の写真がうつっていて、しかもが画面を何度か操作した後で再び見せてもらうと『ショタみゆフォルダ』と書かれたフォルダに写真が何十枚と入っていて。の手を離し流れるように己の顔を抑えた。

「うわなんでこんなにあるんだよ!? つーかどうして写真持ってんの?」

 いくら恋人といえど幼いころの写真をここまで持っていられると恥ずかしすぎる。そしてその入手ルートが気になった。ここまでの量をもっているということでルートなんて限られてくるものなのだが、驚きのあまり俺は冷静に考えることが出来なくなっていた。
 そのためがあっさりと言ってのけた次の言葉には非常に驚いたわけで。

「貴方のお父様からいただいただけですよ」
「は!?」
「立つな馬鹿座れ」

 地面を指さしているけど床に座れってわけじゃないよな、とすぐに椅子に座りなおす。何も言われないのでこれでよかったのだろう。冷や汗をかきながら内心胸を撫で下ろし、兎に角この疑問を何とかしなければと口を開いた。

「いつの間に親父と話をしたんだよ」
「貴方の病院付き合った時」

 俺が脇腹の肉離れで病院に通っていた頃、マネージャーとしてかはたまた恋人としてか都合のつく限りは病院に付き合ってくれていた。恐らく俺が病院で言われたことを報告せず無茶をしないかの監視が目的だと思うからマネージャーとしてなんだろうな。
 二度目に病院へ行ったとき礼ちゃんから連絡をもらったという親父が病院を訪ねて、そこでと二人何かを話していたような……とどうにか微かな記憶を引き出す。

「あー……思いだした確かに話してた。……えそんなこと話してたわけ?」
「んー。ま、色々とね」

 肩を竦め話を誤魔化されてしまった。こうなったはどうあがいたとしても何も話してはくれない。
 その色々については親父に直接聞いた方がいいのかもしれない。ただ『美人の恋人を見つけたな。さすがは俺の子だ』という親父の様々な想いが詰められた短いメールがその日親父と別れて少ししてから届いていた覚えがあるので、きっとそういう話をしていたのだろう。が俺と付き合ってるって報告したのかはたまた親父が聞いたのか気になるところではあるが、どちらであったとしてもどうにも尋ねるのは恥ずかしくてきっと真相はこのまま闇に葬られることだろう。
 ちなみに『さすがは俺の子』の下りは俺を褒めているというよりは母さんが美人だったという惚気と自慢が込められているようにしか思えない。さりげなく惚気をぶち込んでくるあたりさすが親子。以前似たようなことを俺もやったことがあったため何も言えない。

「写真くれっていったの?」
「ううん。いるかい? って聞かれた」
「親父……ッ!!!」

 次実家帰った時にはこの女に余計な情報を与えないでくれと釘をさす必要がありそうだ。
 しっかし「昔の写真のお礼に今の貴方の写真を送ったら喜んでくださったわ」なんて言われてしまっては閉口する以外に道はない。親父がそこまで計算してに写真を送ったわけではないのだろうし、父子家庭であるというのに早くから家を出て心配をかけている自覚もあった。不仲というわけではないけれど、母と娘のような交流を父と息子でもてというのは難しいもので、なかなかすべてを話し合うということは昔からできていなかった。話さなくてもわかるなんてことはないからちゃんと話をすべきなのかもしれない。だけど俺たち親子には圧倒的に時間が足りない。親父は工場が忙しいし、俺も部活やら学校生活やらで時間が取れず、寮に入ってからはもっぱらメールでのやり取りが多かった。だからと言って写メを送るなんてはずいこと俺にはできねえし、そうなるとが俺の写真を送るというのはある意味俺から親父への親孝行になるのかもしれない。―――うん。うまい言い訳を見つけたような気しかしない。

 うんうんと一人頷いていると、が再び口を開いた。

「はー、それにしてもほんとこのころの御幸を可愛がりたい」
「俺と結婚したら見れるかもよ」

 つい悪戯心からそう笑えば、は先程までのにやけた顔から一変し、神妙な面持ちで「そういう話をしているんじゃないでしょ」と言ってのけた。さすがの俺もそこまでの表情で言われてしまうと心に来るものがある。うっと顔を引き攣らせを見るも、彼女はすでに端末内の幼少期に俺に意識を向けてしまっていて現在の俺には欠片も意識を向けてくれてはいなかった。
 だけど直後、スマホから目を離さないままではあったが、「貴方の子供時代だからよ」という一言に沈み込んでいた俺の気持ちは浮上した。これが惚れた欲目というやつだろうか。
 ―――いやむしろそういった後で珍しくも自分で言った言葉に照れて耳を赤くするがめちゃくちゃ可愛いからってことかもしれない。
20160907 ... 形だけ留めたいわけじゃない 《title:as far as I know / 黄道十二宮》
 この話を書くにあたってショタみゆの確認をしたところあまりの可愛さそして現在とのギャップに暫く何も考えられなくなったからショタみゆ尊い。