「御幸ってさぁ、ほんと調理実習の時間になると神よね」
「それな。崇め奉るレベルだろこれ」
「おかげで私たち楽できて最高」
「マジ最高ありがとう御幸神」
「ありがとう御幸神」

「お前ら崇めるならもっとうまく崇めろよ!」

 メガネを曇らせ顔を引き攣らせる御幸に私と倉持は「ははー」と声だけでひれ伏す。さすがに実際にやるには床は汚いし、何よりこんなことを言いながらも私たちは調理作業を続けていた。

 高校生ってふつう調理実習するもんなの? と疑問に思いながらもそれが二年目ともなるとこうやって冗談を言う余裕も出てきてなかなか楽しい。ただどーして班分けが野球部で固められているのかは気になるところではあるが。先生の陰謀を感じる。何よあの「野球部は野球部でまとめておけばいいでしょ、仲良いし」みたいなオーラは。実際そうだけど! そうだけどでもなんでほかが四人なのに対しうちだけ三人なのさ! 余ったからやっぱり野球部は(以下略)ってことなわけ!?
 いやまあ去年自由班にしようとしたところなかなか班が決まらず、かつ何故か、何・故・か、料理がうまいと思われた私を我の班へ!と考えた人が多くて大騒ぎになっちゃったからこそのこの班分けなんだろうけどさ。
 ちなみに言うと私はそれほど料理がうまくない。っていうか基本できない。だってやったことなかったんだもの。もちろん最低限の林檎の皮むきだとかはちゃんとできるわよ。初回の調理実習でやって見せたら御幸にすぐ包丁奪われて「なんか怖い……」って言われたけど。でも怪我なくできてたもの。あれはただの御幸が過保護だっただけよ! ―――まー倉持もなんか顔を青ざめさせてたけどさ。
 兎角そんなわけだから他人の過剰な期待は重かったしその点この二人だったら部活・クラスととにかく行動時間を共にすることが多いためそんなことはなく非常に楽だから、別に班分けはいいんだけどさ。
 そのうえ御幸は料理が上手い。というか手際が良いというのかしら。あと私や倉持と言った料理のできないメンツへの指示が大変わかりやすく的確だ。結果神。御幸=神ということで、私たちは御幸を神と崇めて大変楽しく(?)調理実習に挑むのが毎度のことだった。

 今日のメニューはクリームシチュー。具材切って煮込めばオッケー?と聞いたところ「なんだよその男以上に男らしい男飯は……」と呆れられたのでもうちょっと詳しい手順を見ることにする。でも隣の倉持も「それでいいんじゃね」と言ってくれたので味方はいる。むしろ二対一で私たちの勝利だ。そんなことを言えば意外と面倒くさい御幸はへそを曲げて手伝ってくれなくなるだろうから絶対言わないけど。それ以前に私たちが間違っていて御幸が正しいのなんていう当たり前のことはわかってるんだけどね。

 だけど大まかな手順は私が言った通りで、「ほら!」と自信満々に笑えば頭に巻いたバンダナの上から頭を撫でられた。気分はお母さんのお手伝いをする小学生だ。悪い気はしないんだけど、どうして頭を撫でられるかわからず首を傾げれば「ちゃんはそれでいいよ」とやわらかい声で御幸が、「バカップル早く始めるぞ」と冷めた声で倉持がそれぞれ喋ったのでとりあえず気にしなくていっかと先生が書いたレシピを頭に叩き込むことにした。御幸が指示をくれるとはいえ全く分からない状態というのはさすがに女としてはずがしいし。

「とりあえずベーコンきればいいの?」
「いやはピーラー使って人参の皮むき。ベーコンは倉持が切る」
「おーそれがいいな」

 包丁に手が届く前に私から離れた場所へそれをうつし、代わりにピーラーを握らせてきた御幸。ねえ、本当に私、包丁で怪我したことないのよ。ただ何度それを言っても毎度私は包丁を握らせてもらえず、もし包丁を使う試験があったらその練習ができないってことだからダメなんじゃないの、と思いつつもそんな試験はないらしいのであきらめる。なにがなんでも包丁を使いたいってわけでもないし。毎回こうやって取り上げられるのが嫌なだけだもの。
 とはいえ今度は私対二人で彼らの勝利。諦めておとなしく人参の皮をむくことにした。

 むき終えた後はすぐさまその人参を御幸に奪われ、次は玉葱の皮むき頼むとの一言でぺりぺりと茶色い皮だけをむいていく。それも終わるとすぐさま倉持に持っていかれて私の担当調理は終了。あとは洗い物をしたり、御幸がこれから具材を炒めるのに必要となる塩コショウだったりホワイトソースのための小麦粉を手の届くところへ移動させる。
 しまった本当にこれでやることがなくなった。涙目で玉葱をぶつ切りにする倉持なんて見ていてもつまらないし、手際良く人参を切っていく御幸というのも普段通り過ぎて正直見飽きてる。わぁどうしよう、と思っていれば、別の班から「きゃあ!」だの「うわっ!!」だのという悲鳴が聞こえてきて思わずそちらを見てしまう。それは他の班やもちろんうちの男二人も同様で、そして皆が声をそろえて「わあ……」と呆れ混じりの声を漏らしてしまった。―――どうやったらあんなに火柱が上がるの? という疑問を皆一様に浮かべながら。
 そういえばあそこの班、四人中三人がちょっとアレだったっけ、と記憶をたどりながら、そっとそちらから離れた場所へ移る。御幸が手招きしてくれたのでそちらに行こうと思う。思う―――つもりだったのだけど、次の一言で行くべきか留まるべきか悩んでしまった。

ちゃんがあそこまでじゃなくてよかった」
ちょっと待て

 あそこまでって、待ってよあそこまでじゃなくてよかったって何よ! それに通じるものがあるってい言いたいわけ!? そう詰め寄ろうとするも残念ながら御幸は現在火を使った作業中なので彼曰く「あそこまで」のことにならないよう離れた位置から「どういうことよ!」と噛みつけば、全く想定していなかった方から「や待たずともわかることだろ」という声が。

「なんで! 私料理できなくないって言ってんじゃん!」
「それは知ってるけどの場合手つきが危なっかしい」
の場合見てて不安になるんだよ」
「ひっ、ひどくない!?」

 まさかここまで言われるとは思ってもみなかった。いやへたくそって言われたわけじゃないけどでもそれに近いことをズバズバと、ズバズバと……!!!
 てか倉持だって似たようなものじゃない、と言いたいところだけど私とやつの大きな違いは包丁を持たせてもらえるか否か。あっ私の方が間違いなくやばいってことなのねそうなのね!!!!
 料理できなくないことをわかって貰えているだけでも幸いと思うべきなのだろうか。でもこの二人の

にさせられるのは菓子作りだけだなぁ」
「しかも包丁を使わないやつに限ってな」
「兎に角見てらんねーほど包丁を使う手が危なっかしいし」
「そうそう。そのくせ作る菓子はうまいからほんと謎」
「菓子作りに包丁必要なくてほんとよかったよな」

 という言葉に喜んでいいのやら悲しんでいいのやら……。てかなんでそんなに二人の中での私は包丁苦手なのよ! と何とも複雑な気分になりながら胸を押さえていれば、突然御幸が私の顔を見てニッとなんとも彼らしく笑い。

「まぁこの通り俺料理できるし、俺貰えば危ない目に合わせないぜ♡」

 その言葉に一気に脱力し頭を押さえる。ねえ待って今話して他のってそういう話? 違くない? 違うと思うんだけど……でもそういう話だったの? ―――かと思いきや隣で全く同じように倉持も頭を押さえていたので、一先ず多数決で御幸の頭がやばいってことになるのは間違いない。
 にしてもどうしてこんな会話になったのかしら。一体誰のせいでこんな話に―――とは思ったけど、みんながみんな変な方に話を逸らしていったのだろう。

 そこで暢気な「シチューできたぞ」という言葉と共にいい匂いがしてきて心ひかれそうになるけど、そういう話をしているわけじゃないからね、まじで。
20160905 ... 誰が台詞を間違えたか 《title:as far as I know / 黄道十二宮》
 ちなみに料理できないのは私です。