「なぁ、あれって何が楽しいわけ?」

 正面に座る御幸は突然少しばかり身をのりだすように少しばかり顔を私の方に近付け、ただ視線だけは私のほうではなくどこか別の方を向けながら、囁くように尋ねてきた。
 あれって? と御幸の視線を辿れば、大学生ぐらいの女性二人組が、「美味しそう〜」だの「結構おしゃれだよね」だのと騒ぎながら、スマホで料理の写真を撮っているところだった。
 私たちはというと、久々のオフだし出かけるかという何とも珍しい御幸の誘いにのって、姉に勧められた少し有名で男の人でも満足するボリュームを出してくれるという喫茶店に遊びに来ていた。注文は終わっているものの料理はまだ届いておらず、どうにも手持ち無沙汰だったためか店内をさらっと見て、つい目についた光景だったらしい。
 まー確かにこの店の料理って見た目もこってて素敵だもんねぇ。と納得しながら、でもやっぱ男ってそういうのわからないものかぁと少し笑う。てかこの男のような高校球児には特にわからないだろう。

「Twitterとかインスタに載せるんじゃない?」
「……載せて何になるの?」

 何になるのと言われましても。
 うーんと唸り考えるも正直そんなこと考えたことがなかったのでなんと言ってみようもない。というかそんな風に聞き返されるだなんて思ってもみなかったし。
 けれど、まー、しいていうならば。

「撮りたいから?」
「なんだそりゃ」
「だってそこまで考えたことないし……。あーまぁあれかな。ここのお店に来ました〜。美味しかったです。おすすめ! みたいな?」
「食べログ?」
「そんな感じなんじゃない」

 聞いてきたわりにはふぅんとどこか興味無さげな御幸に、聞くならもっと興味もてよと突っ込みを入れたくなる。
 頬杖をつき、どういうわけかじっとこちらを見つめる御幸の顔にはトレードマークのスポサンはなく、ごくごく普通の眼鏡をかけており、あぁデートだなぁと実感する。っていってもクラスにいるときだって眼鏡だしむしろ練習・試合以外じゃ常に眼鏡だ。コンタクトを持っているというのに頑なになにもない状態の顔面を見せようとしないこの男はなんだ。きゃーはずかしーとでも言いたいのか。それはデートであっても変わらないらしく、ただデートだからってコンタクトに変えられてもなんとも言い難いので特に問題はないのだけど。

 じっと見つめていれば「なぁにちゃん、俺の顔になにかついてる?」だなんて人をおちょくっているのかと言いたくなるような言葉を発する始末。

「別になんでもないけど……」
「熱い視線向けてくるから何かあったかと思った♡」
「うるさい♡」

 互いにハートマークを乗せにこやかな会話。内容は全くにこやかじゃないけどね。
 かと思いきや突然御幸がスマホを取り出し「あーそうか」と一人ごちた。何がよと聞いてもそれに対する返答はなく、何度かタップし「これこれ」等と言いながらすっとそれを顔の前に持ってきて。

「やっぱこっちの方がいいわ」

 フラッシュは消していたようだが、いかにもなシャッター音が御幸のスマホから鳴り響く。いや。いや。ちょっと貴方。

「……いきなり何さ」
「出掛けましたって記念なんだろ。じゃあ料理の写真よかの写真の方がいいなって」
「あぁそういう…………え、あんまよくなくない?」
「よくなくなくない?」

 流されそうになりつつもいやその理屈色々おかしいだろうと訴えるように「あーいえばこう言う……ッ」と額を押さえれば再びシャッター音。顔をあげればまたもシャッター音。

「撮りすぎ!」
「えー良いじゃねえか減るもんじゃあるまいし」
「カメラ用の顔作ってないから絶対嫌! つーかシャッター音煩い! お店に迷惑になるから!」

 はっはっはと笑って誤魔化す御幸に思わずため息。もーやだこの男……。かと思えばスマホを私の方に向けたまま微動だにしないでいる。撮るのをやめたのかと思ったが御幸の顔には妙な笑みが浮かんでおり、もしやと御幸のスマホに手を伸ばせば。

「あーぶれるぶれる」
「ムービーて貴方」
「ごめリンコ♡」

 ハートマークだらけの御幸に、もうなんなのよ! 没収! とスマホを取り上げようとするも、残念なことに御幸は後ろ手にスマホを隠してしまった。立ち上がり取り上げようにもそれではさすがに騒がしくなりすぎる。この店がいかに静かでない――むしろ騒がしいくらい――とはいえ、子供のような喧嘩をおっ始めるのは私のプライドが許さない。
 むぐぐとしたから覗き込むような形で顔を顰めていれば「まぁまぁ」などとほざく始末で、もう、もうなんなのよこの男信じらんない!

「写真撮られるの嫌なんだけど」
「カメラ用の顔作ってないから?」
「ってかふつうに恥ずかしい」

 片手で顔を覆い御幸から、というかカメラから目を逸らせば、何故か押し黙ってしまった御幸。
 それが暫く続いたため「なにかあった?」と顔をそちらに向けてみれば。

「(うわー……)」

 こちらが恥ずかしくなるほど耳を赤く染め、けれどそれを必死に隠そうとしているのか先程の私みたいなこと、つまり手で顔を覆っている御幸が目に飛び込んできた。
 え、どこに恥ずかしい……てか照れる?要素あったのよ。私がこの状態になるならまだしも、なんであなたが?

「えーと、御幸?」
「お前さぁ、なんだよ恥ずかしいって。不意打ちにもほどがあるだろ……ッ」
「そういわれましても」

 どう返したものか。だってそんな私は不意打ちをかましたつもりなんてさらさらないし、ていうかあなたが勝手に照れてるだけじゃんと言ってしまえばそこまでだ。
 でもちょっと頭のやられちゃった一也からしたら悪いのは私のようで、正直この状態になったこのおとこは非常に面倒くさい。どのくらい面倒かと言うと、この場が私か彼の部屋であったならば照れ隠しにぎゅうぎゅうと抱き着いて暫く離れないくらい面倒―――あれこれたとえじゃなくて実話になってる。けれどまあそんな感じで。
 だけどまーかわいいなって思えるしこの状態の一也も勿論好きよ。けど今ここは喫茶店だしついでに言えばまだ料理すら届いていない。結論、今店を出るわけにはいかないのよ。

 さーどうやってこの状態から通常モードに戻そうか。試合モードほどかっこよくなくていいの。この「かわいいなぁもう」とか言いだした私にとっても恥ずかしいこの状態を何とかしたいだけなの。
 頬杖をつき逆に私が写メ取ったら戻るんじゃ、と思いつき自分のスマホを取り出したところ。一通のメールが届いていた。一也を何とかするのはメールに目を通してからでも問題ないよねと軽い現実逃避に身を投じながらメールを開いたところ。

「―――ね、一也、ちょっと一瞬でいいから意識をこのメールへ」
「……はぁ?」

 その一言で戻ってくれたらしい。というか心配そうにこちらを見ている。私の様子、おかしかったかしら……? いやおかしくても仕方ないかもしれない。だって。



『いちゃつくなら一目のつかないところでやってろバカップル』



 メールの送り主は倉持で、やっべえ見られてたと顔を引き攣らせていれば御幸も同じような表情を浮かべていて。店内にいるわけないあの男がいるわけない!とほぼ同時に二人で窓の外を見ればいかにもヤンキーな格好というか顔面の倉持の姿が。呆れ果て挙げ句馬鹿にするような目でこちらをみる倉持にはさすがの私たちも心に来るものがあって。
 うわぁ、おとなしくしとこ。御幸にアイコンタクトすれば彼からも同意と取れるアイコンタクトを受ける。
 そして顔をひきつらせながらもう一度窓の外にどちらからともなく視線を向けるも、そこには既に倉持の姿は既になく、言いたいことを言うだけ言って―――というかメールで送って、早々に立ち去ったらしい。ありがたいやら悲しいやらなんやらかんやら。

 そうこうしているうちに窓とは逆側より「大変お待たせしました!」という店員さんの声と共に、湯気のたつクリームパスタとオムライスが運ばれてきて、とりあえずさっきのドキドキは忘れよっかという結論に至ったけど別に悪くないよね。
20160904 ... ロマンスと引き換えに 《title:as far as I know / 黄道十二宮》
 ロマンス(?)と引き換えに恥ずかしさをゲットした二人。
 実はデートシリーズはもうちょっとあるけど今日はここまでで。
 照れる御幸とかかわいくないですか? 偽物くさいのはほっといて……わかってるから……ッッッ