バタンと部屋の扉が勢いよく開く音がした。同室のやつは他の部屋でDVD鑑賞会だとか言って戻るつもりはないといっていたから恐らく別の人間。沢村でも来たのかと検討付けながらもいやあいつなら俺の名前を叫びながら入ってくるだろうなと気付く。さて誰が入ってきたのやら。「ノックぐらいしろよな」とそちらを向かないまま声をかけてやれば「あら失礼」と聞こえるはずのない声が聞こえてきて。

「は!?」

 慌てすぎて椅子から滑り落ちそうになっていれば幻聴かと思っていた、否思いたかった声が「何やってんのよ」と男にしては高すぎる音を発した。いや、

「それはこっちのセリフだからねちゃん。お前何やってんの女子立ち入り禁止だしそもそもどうやってここまで来たんだ」
「私がちょっと通してってお願いして通れないところって貴方たちが着替えてる部屋ぐらいよ」

 いやお前この間「御幸あんた学級日誌どこやったのよ」って言いながらずかずか着替え途中の男子しかいない更衣室に入ってきただろ、と思いだしながらも絶対それは今関係ないし、そのうえそれを言ってしまえば「じゃあ私に入れない場所はないわね」と笑うのが分かってしまったので口を噤む。
 つーかお前最後の質問にしか答えてないこと分かってる? 顔を引きつらせながらも同室者に割り振られている椅子を引けば「あ、ごめんね」と素直な言葉が返ってきた。お前、その素直さでさっきの質問に答えろよ……! その願いが通じたのか否、は椅子にちょこんと腰かけるなり「大したことじゃないんだけどさ」と話始めてくれた。

「私さっき家まで送ってもらったじゃない」
「そうだよな。やっぱり俺家までちゃんと送り届けたよな。なんでいるのかわかんねぇけど!」
「それはいいの、とりあえず。兎に角家に入ったのよ。ちゃんと。そしたらいたの」
「……何が?」

 何でもない風に話しているように聞こえるが、だんだんと早口になっている。手の指先をこすり合わせるのは彼女が心配事を隠すときの癖で、これは一大事かと居住まいを正す。
 は感情を隠すのがうまい。天真爛漫、感情豊かに見せかけてその本心は決して見せようとしない。出会ってから二年がたち、付き合い始めてからもそれなりの月日が経っているからこそ見せてくれる表情も多くあるが、それでもは一言で言ってしまえば『秘密主義者』だ。昔からそうだったからあんまり本心を表に出すってできないのよね、そう彼女は笑っていたが正直笑いごととは思えなかった。
 だが俺も本心を隠して、というのが得意だったおかげで、の考えていること、想いは他の人間よりもすぐに悟ることが出来るようになった。
 そんな中で見つけたのが、違和感を感じさせない程度ではあるが手をこする癖があることだった。

 しかもは「いたの」と言った。考えられるのは泥棒か変質者か。しっかりと家に入るまで確認すべきだった……と悔やむのも束の間。

「いたのよ……いたのよ! なんなのほんと信じらんない!!」
「…………だから、何が?」

 あれこれはもしや。テンションがローからハイに一気に切り替わり声を荒立てるに嫌な予感がした。

「いたのよ!!!」
「だから何がだって聞いてんだろ! ついでに声がでかい監督に見つかるぞ!!」

 そうしたら誰の責任になると思ってんだ。入ってきた本人が一番悪いが、を寮にいれたやつも同罪だし追い出しもせずこうやって話を聞いてる俺も見つかれば一緒に説教を受けることになるだろう。
 ハッと落ち着きを取り戻したのか口元を抑えると、今度はできるだけ抑えた声で「いたのよ……」と言い出した。いい加減「何が」と聞く気にもなれず黙りこくっていれば、は俯いてしまった。しまったこれはまずいかと「?」と声をかければ、ゆっくりとした動作で顔をあげ、

「兄貴が部屋にいたの……」

とようやく何がいたのか答えてくれた。ここまで引っ張った結果が兄貴というのはなんとも茶番じみていて、体から力が抜けていくのがわかった。それを目ざとくもは見つけると「ちょっと」と俺の膝をバシンと叩いてきた。

「いや不審者かと思ったのに身内って……」
「じゃあ言い換えようか。仕事人間で婚約者ほっぽってついに振られて、慰めてくれとでもいえばまだ可愛げがあるのに「振られちまったもんはしかたない。が指輪買っちゃってて捨てるのもったいないからちゃん渡しといて」って言ってのける駄目人間が部屋にいた」
「俺が悪かった」

 なんだこのでたらめ具合。も大概変わっているとは思っていたが、上がいたらしい。家一体どうなってんだよ。
 こぶしを握り締めわなわなと震える彼女の今の感情は、考えるまでもなく怒りだ。

「で、その兄貴さんはどうしてきたんだよ」
「強めに一発入れて放置してきた。指輪は持ってきちゃったけど……」

 顔をしかめながらはポケットから一般的な大きさのリングケースをとりだした。指輪だのアクセサリーだのに詳しくない俺でもその中に入っているのが結婚指輪か婚約指輪か、兎に角その類のものであることが容易に予想できるそれはどう考えてもには不釣り合いで、だがきっと彼女の兄の相手の女性には似合うのだろうなと中身を見るまでもなく分かった。
 はなくさないためにかそれをすぐに再びポケットに戻すと、重苦しくため息を吐いて「ごめん」と小さく謝罪を口にした。

「いきなりすぎてテンパってたみたい……来る前に連絡すべきだったよね」
「次からは頼むぞ。お前自分で自分のこと美人っていうくせにそのあたりのことに無頓着すぎ」
「…………きをつけますぅ」

 しゅんとした態度を見せるに、もう少し強く言うべきだと思いながらも惚れた弱みかどうしても続きの言葉が出てこない。
 送っていくときに必ずいうようにすればいいかなどという考えに落ち着くあたり本当に俺はに甘い。仕方ない仕方ないと自分に言い訳をし、気になることを尋ねることにした。

「結局その指輪どーすんの?」
「帰ってから義姉さんに連絡して、だめなら明日直接説得して寄りを戻してもらうよ……。ここまでのものを私が渡すわけにはいかないし」

 疲れ切った表情でそう言い切るということはどうやら彼女はケースの中身をすでに見ているらしい。
 お疲れさんと言いかけた声を飲み込み、かわりに「頑張れよ」と激励の言葉をかけてやれば、柔らかく目を細め「ありがとう」とかわいい笑みを見せてくれた。おいおいそんな表情見せられちゃ返したくなくなってくるだろ。同室が今日は戻ってこないという状況も相まって、俺の悪い部分が出てきてしまいそうだ。その状況を分かっていないは「迷惑かけちゃったけど一也に話したら落ち着いた」とかなんとか言ってくれて。
 吐きかけたため息をぐっと飲みこみ「それはよかった」と答える以外俺に選択肢のない状況を作り出したは果たして天然なのか確信犯なのか。



 ―――そういえば「明日直接説得する」って、部活があるのにどうするつもりなんだ?

 それに気が付いたのは監督にばれないようこっそりとを寮から連れ出し、キス一つで家まで帰し、門限に間に合うよう寮に戻ってきてからのことだった。
20160817 ... ばらばらに続いてゆく話 《title:as far as I know / 黄道十二宮》
 てことでここからまだまだ彼らというか嬢の兄貴関連で話は続いていくけど御幸は知らないよって。兄貴の話は考えてるしついでに言えばお相手も分かりそうなもんだけどでもこれ御幸くんの話だし……なんか違うかなって……。