それを見てしまったのは本当に偶々で。だがそういえば俺に内緒でこそこそと出て行ってたよなぁとも思い出した。ちゃんと言ってから出てけと言いたい。むしろ叫びたい。
 ―――そうしたら、自分の彼女が告白される現場など見なくて済んだだろうに。
 あいつが断るだろうということは分かっている。それでも胸糞悪いと思うのが男心、彼氏心。それを本人に言ってしまえば「じゃあもうどっか行ってよ」と呆れたような声を上げるだろう。そういうわけにもいかないのが彼氏心である。

 にしてもニコニコ笑いやがって。告白現場はこれまたベタな校舎裏。展開もベタだし、告白する側は少女漫画でも参考にしたんじゃねぇかと思ってしまった。精々時間が放課後でなく昼休みというのが唯一のイレギュラーだろうか。いっそ放課後にしてしまえばはそもそも呼び出しに答えることはなかっただろうに。
あいつは何よりも部活を第一にする。そりゃもちろん日直だとか掃除当番だとかの学校生活の最低限はまもる。だが、それ以外となると話は別。以前、放課後に呼び出されたときは誰にもそのことを言わず部活に出て、翌日怒った男が現れる、という事件が起こったことがあった。あの時のことは忘れられない。教室で男の放った「ふざけてんのかお高くとまりやがって!」という言葉には非情にもこう返した。

「ふざけてんのはどっちだ。どうせ告白だろう。だったらどこで言ったってこたえは変わらないし、いつ言ったとしても変わらない。だけど練習はそうはいかない。みんなが一分一秒を大切にしている。それをマネージャーが支えなくてどうする。お前は私のことを好きだと言うなら、その前に私のことを調べろ。調べれば、私が部活に支障をきたすような行動をとらせる人間に振り向くわけがないと気付けるよ」

 普段はおんなのこらしいというか、綺麗な言葉づかいを心掛けているようなの意外な言葉づかいに驚きつつ、それ以上に「こいつどんだけ野球バカなんだ」と呆れてしまった。この事件の頃俺たちは付き合っていなかったが、付き合ったからこそ分かった。こいつは本気で、俺たちの野球を邪魔するものを許さない。たとえそれが自分であったとしても、望みは俺たちが最高のプレイをできること。大した女だよ。それを聞いて肩を竦めてしまったのは俺だけじゃないだろう。
 その後男は最初の怒りはどこへ飛んで行ったのかしどろもどろになりながら俺たちの教室を飛び出していったのだが、無理もないだろう。にこにこ笑って猫かぶり。周りにはいくらでも自分のことをよく見せるというのにそのくせ実は辛辣。亮さんのような毒は吐かないものの、興奮しているときの口調を文字に起こしてしまえば男子に交じってもだれのものかわからないほどあらいことがある。ナベの方がしゃべりはやわらかいんじゃないだろうか。あいつはそんなおんなだ。
兎にも角にも、学校の憧れの美人マネージャーは外見詐欺女で、部活内で密かにあいつに憧れていた奴らも、その素で撃沈してしまったというわけだ。
 ―――ただ一人俺を除いて。
 慣れてしまえばあいつに戦くことなどないし、むしろ俺としてはあのギャップがたまらなく可愛い。俺たち選手のことをおもう女房気質なところも良い。しかもだ、部を大切に思っていながら実は俺のことを好きでいてくれただなんて、そんなのベタ惚れになっちまうのも無理ないだろう。

 だからこんな現場を見せられたとあっちゃイラつくしムカつくし胸糞悪いし、どうにも不安になってしまう。
 もし、もしも、あいつに俺よりも好きだと思える相手が出来たらどうしよう。が不誠実なことをできる性格でないことはよくわかっている。だからきっと別の男を好きになったら、すぐさまそのことを俺に言ってくるだろう。そしたら俺はどうすればいい。全く想像がつかない。
 あいつが告白されていることを俺に言わないのはそういう心配をさせないためだろうか。むしろそれならいっそすべて細かく報告してほしい。そうすれば何も不安になることはないだろう。
 だが正直、報告されたところで不安が消えることはないだろうと思う。
結局俺はたまらなくあいつのことが好きで、叶うならずっとそばにいてほしいと思ってしまうわけだ。

 ガキだなぁ、と肩を竦めているうちに男が愛の言葉を捧げていた。これまたベタなセリフに俺は笑うでも泣くでもなく、ただただの出方に全神経を集中させていた。
 そして―――



「おいこらばかずや」
「おーよくわかったな」
「バレバレよ」

 しゃがみ込んでいる俺の目の前に、黒いソックスに包まれた華奢な足が入りこんだ。上を見れば、腰に手を当て自信満々の表情を浮かべるの姿。見下ろすように俺を見る彼女は、太陽の方向も相まって非常に輝いている。告白されるという面倒事を終えたばかりという状況も彼女を輝かせるのだろう。絶対口に出して言ってやるつもりはないのだが、こんなことを考えている時点で俺は末期患者だ。

「よくここだってわかったね」
「そりゃ、ちゃんのことをよく見てますから」

 ハートマークを語尾に浮かべるように言った言葉に、は一瞬で顔を真っ赤に染め上げた。よくもまぁここまで真っ赤になるものだ。そんな可愛い表情を見せられてしまっては、疑うに疑えない。

こそ俺のこと気付いてたみたいだけど、いやぁ俺ってば愛されてんなぁ」
「なッ……んで、そうなるのよ!!」
「俺がそうだから」

 しれっと言いのければ余計に顔を赤く染めてしまった。しっかし嬉しさでにやけてもこいつはからかい目的だと思っていそうだな。はっきり体を強張らせて後ろに下がろうとしたの足を軽く押さえてやれば、焦ったのかバランスを崩して倒れ込んできた。それをしっかり抱きとめてやるぐらい俺には造作もない。
 これは付き合いだして気付いたことだが、こいつは意外と恋愛偏差値が低い。とはいえ俺もそれほど高くないわけだから、必死にリードを取っている状況だ。

「いきなり危ないじゃない!」
ちゃんがかわいすぎたもので」
「勘弁して……ッ」

 とっさに出てくる言葉が女の子らしいあたり、実は男勝りな口調も作っているんじゃないのかと疑うこともある。だがまぁそれならそれだ。こいつなりの防衛行動なのだろうし、今じゃそのギャップ以外にも多くの好きなところはある。

 それにだ。俺の行動でこれだけ照れてくれる奴のことを不安に思うなんて、そりゃただのバカだ。
 向き合い体だけでなくついには表情までも強張らせたの唇を奪ってやる。
 あー俺やっぱのこと好きすぎるわ。こんな可愛いやつが他の男にも恋愛対象として見られてるだなんて、堪えられなぇ。胸糞悪いと思ったのはこういうことなんだろうな。
20160731 ... ただの春なら何度でも来る 《title:as far as I know / 黄道十二宮》
 御幸から嬢に対する想いとか、そんな感じのやつ。