あぁ、どうしようもないくらい好きだなぁ。と自分の中の乙女思考に嫌気がさしながらも、恋愛感情というものがそう簡単に消えてくれるとは到底思えないので、必死にそれを周囲に悟られないようにだけする。だって、消えてくれるならもっと早くに失われるもののはずでしょう。
 というか、よりにもよってどうして私はあんな男を好きになってしまったのか。
 その疑問を浮かべるたびに、私の頭の中はあの男、御幸一也の好きなところも一緒に想い浮かんでしまうのだからそろそろ末期患者だろう。乙女思考よ頼むから静まってくれ!
 部活に支障をきたさないようにしないと、と授業中の黒板に意識を戻せば最後に見た個所から黒板半分ほど進んでしまっている。恋愛や部活もいいけど、授業中は勉強第一にしなくてはと持ちなれたシャーペンを手に取る。―――のだが、どうにも書く気になれない。いや気分で書く書かないを選ぶわけにはいかないんだけど、でも、……でも、黒板を見ようとすると、私の座席の斜め前に御幸が座っているわけだから、自然と視界に入ってくるわけで。絶対こいつ人の視線に気付くの早そうだと思いながらも、それでも視界に入ってきてしまって。恋する乙女は自分の力でみる方向を定めるのは難しいようなのです。
 だめだ、このままじゃだめだ。御幸を見ていることが本人にばれそうだし、何より先生から注意受けかねない。優等生で通っている私の名前に傷をつけるのは私であっても許せないと変なところで無駄に高いプライドに辟易しながら、真っ白いノートに目を向ける。
 諦めて今日はノートを諦めよう。幸い数学は得意科目だし、ノート提出があるわけでもない。現にノートを取らずぼーっと先生の話を聞くやつだって多い。御幸も何かを書いているみたいだけど黒板のほうなんて全然見ていないし―――まずい、ナチュラルに御幸のこと考えてた。やだぁもう、もうやめてよ乙女脳!
 真剣な表情は斜めからでもかっこいい。御幸のいいところをあげるならばまずは顔だろう。整った顔をしているのできっとあいつはそれだけで人生を得していることだろう。私だって負けないくらいそれなりの顔をしていますけどね! ……ここでまたプライドが仕事をしてしまった。いいよ、乙女脳と一緒に休暇をあげるから、頼むからどっかいってて……!
 それに御幸は顔以上に、よく変わる表情も素敵だ。普段のちょっと気の抜けた顔だとか、試合中の真剣な表情だとか。語りだしたら止まらないだろう。私に話しかけてくれる時の笑顔なんかもたまらなく好きだなぁと思ってしまう要素の一つだ。
 きっかけなんてものを私は覚えていないし、そもそもそんなものはなかったようにも思える。ただただ気付けば御幸のことを目で追っていて、彼に抱いた感情が友人に対してのものでないと気付き、あぁ好きなんだなぁ、と気付いてしまった。
 まぁだからといってこの関係を崩すつもりなんて全く、本当に全くないというかありえない。だって、私が一番好きなのは、野球に真剣な御幸なんだもの。私がその邪魔になるようなことしたくない。
 だからほんと自然とこの気持ちが消えてなくなってくれるのが一番楽なんだけどなぁ。いや、さすがに消えちゃうのはもったいないというかなんというか、消えてほしくないという気持ちだってある。だけど、この想いを届けたところで御幸の邪魔になることはよくわかっていたしそもそも第一、御幸が私をどう思っているかなんてわからない。ただ迷惑に思われて終わるか、或いは悩んで振ってくれるのか。―――振られるのはやだなぁ。
 嫌われてはいないと思う。っていうかむしろ御幸と一番仲の良い女子って私じゃないかなと思う。自惚れているとか自分かわいさってわけでなく、客観的に見ても。……いやだが同じクラスで席が近くて同じ部活だからってだけで喋っているのかもしれない。そう考えたらどんどん気分が落ち込んでいくのがわかったのでどうにか持ち直そうと乙女脳に喝を入れる。ネガティブになるくらいならどピンクな乙女脳のがまだましだわ! いやどピンクなのも困るけども! せめて薄桃色ぐらいの可愛らしい色でいてほしいけども!! そうでなきゃ流石に女としてまずい。どピンクってなによ、男子高校生かよ……私が好きなのは確かに健全な男子高校生だけども! でも!

 ううんとうなりながら頭を抱えていれば、頭上から「何やってんだ……?」とあきれた声が降ってきた。流石乙女脳、その声の持ち主が御幸だということはすぐにわかり、バッと顔をあげる。そして、そこで気付いた。

「あれ、授業……」
「もう終わってるぜ、十分ぐらい前にな」

 笑いを含んだ声に思わず「はぁッ!?」と大声が出てしまった。待ってよ、どれだけわたし悩んでたのよ。っていうより待って、まず待って。

「十分前に終わったのにどうして声かけるのがこのタイミングなのよ」

 おかしいだろう。どうせ声をかけるなら授業の終わる直前、号令のタイミングで教えてほしかった。何のために席が近いと思っているのよ! その旨を告げれば、「さすがにそれは無茶だろ」と笑いを堪えるつもりがあるのかないのか、震えた声が返ってきた。絶対、誓って絶対にこの男、笑いを堪える気なんてない。
 椅子の背もたれにぐったり寄りかかると、あーもう、と小さくつぶやく。先生が何も言わなかったということは先生からは気付かれていないのだろうけど、周りの席の人たちには丸見えだっただろう。ついでに言えばクラス全員。話が回っているにきまってる。あぁもう明日の朝みんなにあった時が怖いじゃないのよもう……、恥ずかしいという意味で。

「何をあいつは悩んでるんだって言ってたぜ。倉持とかほかのやつらとか」
「あぁもう追い討ちかけないでよ……」

 まだらに残っているクラスメイトが耳を長くしてこの会話を盗み聞きしているような気がしてきた。
 乙女脳、テメエのせいだ! わかってんのかッ!
 内心怒鳴りつけたところで乙女脳が返事をするはずもなく、ただただイライラやら恥ずかしさやらが蓄積されるだけだった。
 よりにもよって、好きだなぁと思う男のことを考えていたら授業の終わりに気付かず、それをその男に指摘されるだなんて。

「ただのギャグじゃん……」
「だから何がだよ」

 半目になった目でじとりと御幸のメガネをにらみつけてやり、別にぃとそっけなく返す。
 だってあんたが原因で勝手に悩んでいましたなんて、言えるわけがないじゃない!
 何も書かれることのなかったノートを閉じ鞄に詰めていれば、ニマニマと笑いながらも御幸はそれを黙って待っていてくれた。そういうとこもいいんだよなぁと飛び出しかけた乙女脳に、ブレーキをかけるように性格は悪いけどととってつけたような言い訳を内心つぶやく。
 そう、そうよこの男性格最悪だもの! すぐ人をからかうし、何考えてんだか分かんないし。―――でもどうしようもないくらい好きなんだよね。結局はそこに行きついてしまう。

 御幸と二人、部活までの道のりを並んで歩きながら、ついついため息がこぼれてしまう。好きな人といられるなんてそれだけで幸せなことだと、人を好きになるまでは思っていた。でも、そんなことはなかった。
 「幸せ逃げるぞ」なんて笑う御幸の顔をちらりと見てから、小さく肩を竦める。
 どうにもこうにもだめだ。何をしていたって

「好きなんだよなぁ、どうしようもなく」

「……え、」

 きっぱり一拍置いたのち、珍しくも御幸の戸惑った声が聞こえてきた。
 そんなこともあるのねぇと珍しいものに喜びを覚えたのも束の間。

「―――わたし、いま、なんていった」
「好きって聞こえましたが」

 一気に顔に熱が集まるのがわかった。は、待ってよわたし何を、いったい何をしてるのよ!! ぶわぁっと紅く染まった顔を見られたくなく、両手を覆って蹲る。がそこで気付いた。

 なにが好きかなんて言ってないんだから、ごまかせばよかった……ッ

 後悔しても遅い。すでに御幸は不審に思っている。―――と、思ったのだが。
 恐る恐る顔をあげれば、自然と御幸の顔を覗き込む形になっていた。そして見えた彼の顔は。

 私に負けず劣らず、赤いんですけど。

 その表情に余計熱が集まるのがわかり、私は勢い余って「違う、待って、違うの!」と口走っていた。

「……え、自惚れていいの?」
「お願い話を聞いて御幸、違うから、違うのぉ」
「俺は違わないけど」

 恥ずかしさで熱くなるのを通り越して、ついに冷や汗が出てきた。
 けど、え、……え?

「何が違わないの」
こそ何が違うんだよ」

 顔は赤いけど、表情事態は真剣そのものな御幸に気圧され、私はしどろもどろになりながら答えた。

「いや、今いうつもりはなかったっていうか、こう好きだなぁって思ってたらぽろっと口から飛び出ちゃってて私も驚いているというか……あれなんか違うくない!? やだ待ってよなにこれもう! 乙女脳なに仕事してんのよ!!!」

 口に出すつもりのなかったものまでぽろぽろと零れ落ちている。だめだ、このままじゃ余計なことまで言ってしまう。……すでに遅い気もするが。


「……はいなんでしょう」

 落ち着けと言うように名を呼ばれ、再び増してきた頬の赤らみを散らすように手で仰ぎながらゆっくりと御幸のほうを見る。まっすぐに私を見つめる彼の目は、多々ある彼の好きなところでも上位に食い込んでいるだろう。そんな目で見つめられてしまっては、私からそらすことは難しい。
 考えることを放棄した私を、御幸が真剣な顔で、

「好きだ」
「うん。……うん?」
「部活第一になるだろうけど、それでもよければ付き合わないか?」
「うん……え、え?」
「頼むから乙女脳でも何でもいいから理解してくれ」

 埒が明かないというように、男の子だなぁと思えるほど力強く私の体を己の傍へち被けたかと思えば、あろうことか、御幸の唇が私のそれに振れていた。
 至近距離でみる御幸の顔はやはり相変わらず整っていて、ここまでくるとなんだかはったき倒したくなってきた。そんなことを考える私はまだ思考回路が働いていないらしい。乙女脳までも死んでいる。お前今働かないでいつ働くっていうんだ。
 混乱した頭でぐるぐると考えていれば、いつの間にやら唇は離れていて、それでも吐息のかかる距離から離れない御幸から、「わかったか?」と聞かれた。
 黙って首を縦に小さく振れば、御幸は満足気に肯き私の手を握った。そのまま向かうのは部室の方向。待ってよこのまま部活に行くつもりなの。いやまあ行かないわけにはいかないけどもさ。
 座席順のように私の斜め前を進む御幸を追いかけていると自然と小走りになってしまった。普通のカップルであれば彼氏が彼女の歩幅に合わせて歩くのだろうけど、我々の場合はそういうわけにはいかない。―――だって部活のほうが大事だもの。遅れてしまってはその後の活動に支障をきたす。
 私は野球をしている御幸が好きだ。だから―――あれ、なんか、こう、流された? 私のさっきのって、告白になるの? 考えても分からない。
 だったら。

「ねぇ、私も御幸のこと好きよ!」
「知ってる」

 振り向きにんまり笑った表情は非常に彼の性格の悪さを表わしており、なによ生意気な! と小突きたくなったが、それよりも先に、んふふという笑い声がこぼれてしまいそれは叶わなかった。
 結局私は御幸の負担になるのが心配だったのではなく、振られるのが怖かったんだなぁ。
 だって恋する女の子ですもの。

 ―――それにしてもまさかポロっとあんなやってことばが零れるとはおもわなかった。
 恋というのは、思いとどまることを許してくれないくらい突っ走ってるものなのね。流石は恋愛。流石は偉大なる乙女脳だ。
20160714 … 恋は君を引き留めない 《title:as far as I know / 黄道十二宮》
 勢いって怖い……。高校生同士のべったべたな甘い恋愛が見たかったんだ……
 というかもうちょっとかわいい口調にするつもりだったのに私の素が出てるぞ最後……