私といづみは年が少し離れているためか、いづみは私のことを姉のように慕ってくれている。まぁ確かにそれなりに交流のある従姉妹同士で、尚且つ私の方が年上であればあの子の性格上私を姉と思ってくれるのはおかしなことではないだろう。
それに私だって彼女のことを実の妹のように思って可愛がっている。だって可愛いんだもの……。
とまぁ前置きはその辺にしておいて。
そんな感じで私と彼女は仲が良いので、今日こうして女子会を開いたというわけなのです。
場所は彼女の今暮らしているMANKAI寮。明日も変わらず練習があるため、少し離れた場所にある私のマンションでは朝練に間に合わないだろうということで、今日は私が寮にお泊りです。父が昔使っていた部屋が空いているとのことなので、そこに泊まらせてもらえばいいかなぁとか思っていたんだけど……うん、この様子だと、私はいづみの部屋に泊まるべきかもしれない。
「だからぁ、お姉ちゃん、聞いてるのぉ?」
「うんうん、聞いてるよいづみちゃん。だからお願いそろそろお酒やめにしよう」
「やぁ、まだ飲むの!」
うーん、見事なテンプレ的幼児退行だ。
女子会とは言っても互いに成人した大人なので、じゃあちょっとお酒飲もっかぁ、という話になるのはごくごく自然の流れだったのだが、今の状況は、恐らく……いや絶対に、まずい。
例えばここで私がいづみから目を離すとする。するとどうだろう、今の彼女の謎の行動力のことだ。絶対に、絶対に寮の中を歩き回ることだろう……ッ
見つかるのが臣くんとか丞くん、紬くんといったどちらかと言えばチーム保護者組だったら全く問題ないのよ。回収して部屋にごくごく紳士的に送り届けてくれるだろうから。むしろ任せてしまいたいくらいだ。
問題は、真澄くんや左京くんといった、いづみガチ勢たちだ。
真澄くんは言わずもがな、確実にいづみの貞操の危機が訪れる。
そして、左京くんは…………いづみがこんなことになってるってばれたら、私、きっと明日の朝日を拝めないんだろうなぁ。
ハハハと乾いた笑いを漏らせば、「もう、お姉ちゃん聞いてるの?」といづみが駄々をこね始める。うん、聞いてるよいづみちゃん。だけどね、お姉ちゃんは自分の命について考えたいんだよ。
とりあえず、今日この部屋で女子会をするというのは劇団員全員が知っていることだ。数名から「監督さんはともかくとしてお姉さんが女子ってのは厳しいんじゃねえの?」と言われてしまったがそれは鉄拳制裁をお見舞いして片が付いているのでよしとしよう。
ガールズトークが盛りだくさんだから絶対に邪魔しないでね、と言っておいたので入ってくるようなことはないと思うけど……うっ、そろそろ真澄くんあたりが痺れを切らして現れる気しかしない……それを追いかけて春組の子が来て、騒がしくて左京くんがぶち切れる……うっ、お先真っ暗じゃないのよさ!
額を押さえながらどうしようどうしようと悩み、ついといづみちゃんを見れば、彼女はどうやら私が酒を注いでやらないからか自分でグラスに酒を注ぎ始めていた。
「ちょ、ちょっとまったいづみ待って待って」
慌ててグラスと酒のボトルを奪い取れば、目に涙を浮かべて「飲んじゃだめなの?」と舌足らずな声をあげるいづみ。
あなたどこでそんなことを覚えてくるの!と言ってやりたい気持ちで私の心はいっぱいだったが、ここはどうにかしていづみちゃんにこれ以上酒を飲ませないようにしなくてはならないので一先ずは放置だ。素面の状態でどういうことなのか聞くとしよう。
ということで、だ。
「いづみちゃん、このグラスもお酒もそろそろぬるくなってきてるの。折角だから冷えたおいしいものを飲みましょうよ」
勿論いづみから酒を離すための嘘である。
しかし酔っ払いにはこの程度の嘘を見抜くための頭は備わっていないらしく、「そっかぁ」とポヤポヤした様子で納得してくれた。
よし、と小さくガッツポーズを決めながら、
「私がお酒取ってくるから、いづみちゃんはこの部屋で休んでてね。でなくて大丈夫よ。偶にはお姉ちゃんに甘えなさいな」
と甘い声を出せば、いづみは花が綻ぶようにふわりと笑って、うん、と肯いてくれた。
ここまで来ればもう大丈夫だろう。
いづみの部屋を出て、もう一度いづみに部屋から出ちゃだめよ、休んでね、と念を押し、そしてリビングへと向かった。
リビングを通り過ぎ、キッチンまでくると何やら臣くんが料理をしていたので、その邪魔にならないようそっと冷蔵庫に酒をしまおうとする。だが邪魔にはならないにしても気になりはしたようで、
「酒なんか持ってどうしたんです?」
と彼は尋ねてきた。
一瞬どうするか悩むも、臣くんなら悪いようにはしないか、MANKAIカンパニーのお母さん的存在だし、とすぐさま判断した私は、近くにいづみガチ勢の面々がいないことを確認してから、「実は……」と口を開いた。
いづみが酔っぱらっちゃったから人に合わせるわけにはいかない、という説明に臣くんは「確かに……」と納得してくれたので少し安堵したのも束の間、あぁやっぱり酔っ払いを放置するのは危険かぁ、と呆れてしまった。いったいこの寮はどうなってるんだ、と言いたい。けど、いづみ以外が全員男という環境でその程度に済んでるのはまだいいほうなのかなぁとも思う。
さて、しかしそんなことを悠長に考えている場合ではない。
「とりあえず酒のふりしていづみには水を飲ませて酔いを醒まさせるから、やばそうな面々、とくに左京くんと真澄くんが近づかないようにそれとなくお願いできるかな?」
臣くんはキッチンでの作業を止め、私の話に耳を傾けてくれたいい人だ。だからこんなことを頼むのは非常に心苦しいが、そうでもしないといづみが危険なのだ。それから私も非常にまずい状況だ。
切羽詰まった私の気持ちが通じたのか、はたまた監督想いのいい子だったのか、臣くんは力強く頷くと、「任せてください」と言ってくれた。その頼もしさにお姉さん涙が出そうだよ……!
「ほーう、何を任せるんだ?」
「だから左京くんと真澄くんをいづみから引きはがす、役目、を……」
突如私の背後から聞こえた声に何も考えずこたえれば、臣くんが額を押さえつつ「すみません、俺やっぱり真澄のことしか対応できないです」と言い出すものだからさぁ大変。
ギギギ、と鈍い音が鳴りそうなほどゆっくりと振り向こうとすれば、それよりも前にガッと強く頭を押さえられてしまった。あれこれデジャヴ?前にもこんなことなかったっけ? きっと何度もあるんでしょうね! その手の持ち主のほうに顔を向けた瞬間、いづみほどではないものの少しばかりは酔っぱらっていた私の頭はすっきりと酔いが醒めてしまった。
「は、はぁい左京くん、お元気そうで何より」
「お前こそご機嫌そうで何より、だ」
グッと左京くんは私の頭をある方向へ向けてくれた。そこにいたのは、真っ赤な顔で楽しそうに笑っているいづみの姿で、あぁ、ばれてしまったのかぁ、と思わず目を瞑ってしまった。
「あれは一体どういうことだ?」
「……いづみちゃん、缶チューハイ一本で既にあぁなってたのよね」
言い訳染みた言葉を返せば、重苦しくため息を吐かれてしまった。ため息を吐きたいのは私のほうですよ左京くん。だってあんなにいづみちゃんが酒に弱いなんて思わなかったんだもの……!
「そうか。とりあえず、正座」
左京くんは、私の頭から手を離したかと思うとすぐに床を指さし冷たく言い放つ。
周りに助けを求めようにも、彼らは彼らで酔っぱらったいづみの面倒を見るのに忙しそうだ。
というわけだから大人しく正座をすると、「お前なぁ!」と左京くんからの厳しいお説教が始まったのでした。
暫くそんな風に、正座を続ける私とその私の頭上からお説教をする左京くん、という図が続いていたのだったが、何を思ったのか突然いづみが、
「左京さん、そんなにガミガミ言ってたら、お姉ちゃんに嫌われちゃいますよぉ。それでもいいんですか?」
と言い放ったものだから、その瞬間空気が凍った。比喩表現でなく、実際に室内の温度が2、3℃下がった気がする。
パチパチと瞬きを繰り返し、周りを、というか左京くん以外のみんなを見渡すも、皆が皆私や左京くんから目を逸らし、いづみちゃんへと視線を送る。その目は「何爆弾投下してるんですか監督!」と言っているようにも思えて、私は余計にあれぇと首を傾げた。
しかしいつまでも固まっているわけにはいかない。ついでにこれ以上正座をしていたら足の痺れが大変なことになってしまう。ということで、足を崩し口を開こうとした次の瞬間。
「監督ちゃん水、水飲もうぜ」
「さっさと酔いを醒ましましょう!」
と、リビングにいたものたち全員が一斉にいづみちゃんを取り押さえに掛かってしまった。いづみちゃんはその状況が一体何なのか分かっていないながらも、みんなに構ってもらえることが楽しいようで、へらりと笑ったまま言われるがままにリビングから出ていってしまう。どうやら真澄くんのことは綴くんが早々に自室へ連れ帰ってくれていたようなので、いづみの身に危険が及ぶようなことはなさそうである。
―――しかし、いづみが消えたことで、左京くんがハッと意識をこちらに戻してしまった。
も、戻さなくていいよう、そのまま忘れてていいよう!と言いたいところだが、左京くんの背景に鬼が見えてしまい私は口を開くことを諦めた。
「さて、それで、どうして監督さんがあそこまでになったか、説明してもらおうか?」
口元に浮かべた笑みが引き攣っている。
あまりの左京くんの恐ろしさに、ひぃっと悲鳴をあげそうになっているうちに、私は先のいづみちゃんの爆弾発言を忘れてしまったのだった。