「そういやお前、いつ来ても家にいるみたいだが仕事は何してんだ?」
「そういう左京くんは私が家にいると高確率で押しかけてくるわよね」

 左京くんが土産にと持ってきてくれたイチゴのタルトを頬張りそう返せば、彼は持っていたティーカップを揺らしこちらを見てきた。そういう返しを望んでんじゃねえよ、ってとこかなぁ。
 でも実際そうじゃないのよ、と言ってやりたい。MANKAIカンパニーの復活公演で再会してから早くも数週間が経っていたが、その間に左京が私の住むマンションを訪ねてきた回数は片手では済まないほどだ。確かに私は天鵞絨町に住んでいるし、ビロードウェイからもそれほど遠くない。だから従妹のいづみも最近では時間のある時に来てくれることだってある。しかし、この男が我が家に来るのはその比でないのだ。
 だからそう尋ね返してしまったのだけどどうやら左京くんのお気に召す回答ではなかったようで、重苦しくため息を吐かれてしまった。まぁそれもそうよね、私の仕事を聞いてんのに返ってきた言葉がそれじゃあ、私だってため息を吐きたくなるわ。

「先にこれ聞かせて欲しいんだけど、左京くんって暇なの?」
「暇じゃねぇよ! それから、その言葉そっくりそのままお前に返せるんだぞ」
「……それもそうか」

 暇じゃないのにどうして高頻度で私の部屋に来るのよ、という質問をしようかとも思ったけど、それを聞いたらなんだか左京くんが来るのを迷惑がっているようにとられそうでやめてしまう。……別に来ること自体は嬉しいしさぁ。でもどうして来てくれるのかがわからないというかなんというか。いづみのことを聞きに来ているのかと思えばそういうわけではないようだし、それじゃあ私に会いに来ているというのだろうか。でも何のために?と堂々巡りなのである。

「まぁいいか」
「何がだ?」

 心の中に留めるつもりが、するりと声に出てしまっていたらしく、左京くんがそう尋ねてくる。何でもないよ、と笑って紅茶を啜れば、「で、結局お前、仕事は何してんだよ」と最初の質問に戻った。
 そんなに人の職業って気になるものなのかしらねぇ、とフォークでイチゴを突き刺し考える。ヤクザさんなら簡単に調べられそうなもんだけど、それをしないってことはそれほど重要視してない、だけど気になるから聞いている……ってとこかしら。
 にしてもほのかな酸味が聞いているイチゴは甘いクリームやタルト生地とマッチしていて絶品だわ。また買って来てもらおう。

「缶詰の時にこれがあると頑張れそうだわ」
「お前……その人の話よりも自分の脳内なところほんっと変わってねぇな」
「人はそんな簡単に変わりませんよ」

 ふふん、と自信たっぷりに笑ってやれば、左京くんは疲れた気にソファに体を預けていた。
 やぁね、これでもまだ私の職業を気にするのかなぁってちょっとからかっただけじゃないのよ。
 だけど流石に悪いことをした自覚はあるので、紅茶でのどを湿らせ、

「私、小説家やってるの」

 と爆弾を投下するように短く答えてやった。
 するとどうだろうか、左京くんはソファに体を預けたまま私のほうへ顔を向け、ハァ?と言わんばかりの呆れた表情を浮かべていた。

「言っとくけど、これマジだからね」
「……そういやお前劇作家になりたいっつってたな」
「…………よく、覚えてたね」

 そんな小学生のころに言っていた夢をまさか左京が覚えているとは思っていなかったため、スムーズに言葉を返すことが出来なかった。
 いや、きっと偶然覚えていただけだ。むしろ私が今小説家になったことを聞いて連想的に思い出しただけだ。
 ―――そう考えないと、すごく恥ずかしい考えが私の頭の中を過ってしまう。

「ま、偶々な」

 左京くんの言葉は短く、彼はそういった後すぐに私から目を逸らしてしまう。
 ねぇこれじゃあ貴方が何を思ってそんなことを言ったか分からないじゃないのよ、ねぇ。
 ……そう言えたら、すっごく楽なんだけど、ここまで初恋を拗らせてしまうと、言えないものなのです。とくに、最近初恋の君こといづみと再会した左京くんには、絶対に言えない。

「ペンネームは?」
「本名だけど」

 タイミングよく左京くんがそう尋ねてきてくれたので、それに乗っかる形で答えてやる。
 ペンネームは正直考えるのが面倒だったのと、今はどこにいるか分からない叔父がもしかしたら読んでくれるかもしれない、という淡い期待を込めて、本名で活動を行っている。それからついでに左京くんが私の本だと知って読んでくれるかもしれないな、というほんの少しの乙女心も作用していた。
 さて、左京くんは私が私の名前で執筆活動を行っていると知ってどう思うかな、と彼の顔を窺ったところ。

「……お前があの、こっぱずかしい恋愛小説を書いたかと思えば、R18G級のSFを書き、そうかと思えば突然推理ものを書いてみる、ジャンルが全く定まる気配のない、あの作家だっていうのか?」
「左京くん意外と詳しいね」
「全部読んだからな」

 何ということでしょう。こんなにうれしいことってある!?
 まさか左京くんが私の書いた小説を読んでくれていただなんて! しかも全部読んでるなんてよほどの読書好きか私のファンくらいだわ!
 ―――あいや、でも左京くんって確か読書力はんぱないんだっけか。以前そう言っていたことを思い出し、一気に気持ちが落ち込んでしまった。色々な作品を読むから、偶然その中に私の書いたものが全部入っていたってことかしら……。

「まさか、本当にお前が書いていたとはな……」
「……?」
「はじめは知り合いと同姓同名の作家の作品なんて面白いと思って読んでみたんだ。そうしたら意外とどれも外れがなくて、全部読ませてもらってる」

 褒め言葉、というよりは、出来事の感想のような言葉を左京は吐いた。
 それにどう言葉を返していいか分からず言い淀んでいれば、左京はその綺麗な顔に薄らと笑みを浮かべた。

「面白いから全部読んでるつってんだよ」
「え、あ、あぁ、……それはどうも」
「なんだそりゃ」

 何が面白かったのか、左京くんはククっと小さく笑い声を漏らした。
 そ、そんな突然言われたって戸惑うに決まってるじゃないのよ! 特に貴方人を褒めなさそうな人だってのに!
 むぐぐと唇を結べば、なおも笑われる始末で。何が面白いってのよ、もう!と私はしかめっ面を浮かべてしまうのです。
 だが、不意にこちらを見た左京くんの顔が非常に優し気なもので、思わず私の中の大昔に消え去ったと思っていた乙女心がどきどきと音を立て始めてしまうものだからさぁ大変。

 私にとって左京くんは初恋の君で、今でも初恋を拗らせているといえば拗らせている。けれど別に彼と何が何でもそういう関係になりたいとかそういうわけではなく、他に好きだなと思える人が出来なかったせいでいまだに独り身というだけだ。
 だから、その、乙女心は特に必要ないんじゃないかなぁ、とか、左京くんとはお友達でいるのが一番楽なんじゃないかなぁとか思ってしまうわけなのです。

 ―――あっ、だめだこれ。考えれば考えるほど頭がぐるぐると回ってしまう。
 小説家だからって自分の感情に詳しいわけでなないのです。

「っていうか左京くんいつまで笑ってんのよ」
「お前がいつまでも百面相してるからだろう」

 三十超えているとは思えないほど爽やかな笑みでこちらを向かれてしまうとあまりのまぶしさに目を逸らしてしまいそうだ。

「別に百面相なんてしてないけどな」
「さてどうだろうな」

 爽やかさから一変、普段のあの何とも言えない人を馬鹿にしてるような呆れた笑みを浮かべた左京くんに、私の唇はへの字に曲がった。
 しかし次の瞬間、左京くんは何かを思い出したような表情を見せた。一体何だというのだろうか、と考えたのも束の間。

「お前、俺が来たときいつも暇そうにしてるがあれは演技か?」
「えっ? そんなことないけど」
「……いつ、仕事を、してるんだ?」

 古市左京という男は変なところで真面目である。
 ということはそういう風に聞かれることは予想の範囲内だったが、突然すぎて私の脳の処理速度では追いついていない。つまり、馬鹿正直に答えてしまった。

「俺は作家のことはよくは知らん。が、締め切りは守ってるんだろうな?」
「……。当たり前じゃない! 問題なしよ!」
「お前本当に昔から変わんねぇな」

 すっと左京の手が私の顔に近付いてくる。えっもしかしてこれって少女漫画的なシーン!?と考えるには私はいささか年をとりすぎていたし、左京くんのことを知りすぎていた。
 むぐっと情けない声が漏れると同時に、左京くんは私の頭を掴んだまま、

「お前は本当に、昔から変わんねぇなぁ」

 としみじみと言ってきやがった。いや、この体制で言うセリフじゃないでしょう、という言葉を内心発しつつも声に出すことはできない。

「嘘を吐くとき、瞬きの回数が増えるって知ってたか?」
「…………だからあなた、私が嘘つくとすぐに見抜いてたの!?」

 し、知らなかった……と頬を引き攣らせれば、「だろうな」という言葉が返ってくる始末。昔を知られているとひっじょうに、やりにくいったらありゃしない!

「いいか、何が何でも、締め切りだけは死んでも守れ」
「な、なんで左京くんがそんなことを言うのさ」
「……次の締め切りはいつだ?」

 私の言葉を無視し、左京は私の頭を押さえつけたままそう尋ねた。視界を遮られているせいで彼の表情を窺うことはできないが、声のトーンからして左京くんが怒っていることはよく分かったため、答えることも恐ろしかったが、私は正直に、

「三日後」

 と答えてしまった。
 するとどうだろうか。頭を押さえる左京くんの手の力が強くなってしまった。頭が割れそうな痛みに悲鳴のような声をあげれば、

「締め切りを破ってみろ。お前の命はないと思え」

 というありがたい――ありがたくない――言葉と共に左京の手は離れた。
 涙が出そうな痛みに頭を押さえながら、コクコクと首肯を繰り返せば、「よし」と満足そうな声が返ってきたため、ほっと胸をなでおろす。

 何度も言うが、私はヤクザとしての左京くんはちっとも怖くない。本物のヤクザかぁ、と思ったり、ヤクザものを書くときは取材させてもらおうかなぁ、と思う程度である。
 だが、左京くん本人は、ちょっとばかし、怖い。流石昔なじみ、というか幼馴染なだけあって、先程のように私の癖を知っていたり、容赦ない言葉をぶつけ、行動に出る。

 せめてこれが私のためだったり、左京くん本人のためだったらすごくうれしいんだけどなぁ。

 そんなことを頭を押さえつつ考えてた私は、左京くんが呆れ切った表情で、

(こいつ、締め切り過ぎたせいで公演に間に合わなかったらどうするつもりなんだ)

 と、どういう意味にもとれるようなことを考えていたなんて、露程も知らなかったのです。
20170220 ...  あなたと戯言 《シャーリーハイツ
 ストーリーがまとまらない……左京さん難しい……